第二十四食 家に帰るまでが遠足、当選して入金してメール届くまでが予約

 七月の後半。強い日差しを浴びながら家に着くと、アゲダママルはまだかまだかと紙袋をのぞき込んだ。衣素は包を一つずつ、掌とアゲダママルに渡した。

 包を開け、顔を出したパンにかじりつく。サクサクの生地から、香ばしいルーが待ってましたと言わんばかりに飛び出し、口の中で混ざり合った。

「おいしいね」

 アゲダママルは耳を振って喜んでいる。

 彼とは対照的に衣素の反応は悪かった。ソファに座り込んで、道に転がる石でも眺めるように包を見ていた。パンはパンでも食べられないパンはカレーパンだったろうか。

「衣素さんは? 食べないの?」

「うん。俺はいいや。カレーパンあんま好きじゃないんだよな」

「カレーは好きなのに、カレーパンはダメなんだ」

「そうなんだよ。なんかな……」

「じゃあ、代わりにアゲが食べる!」

 アゲダママルが飛び跳ねる。テーブルの上に置かれた紙袋に手を伸ばそうとする。

「こら、アゲ。掌もいるんだから、半分ずつにしなきゃダメだぞ。それが嫌ならじゃんけんか何かで決めなさい」

 衣素にそう言われると、アゲダママルは弱々しい声で言った。

「掌君。アゲがグー出すから、チョキ出してもらってもいい?」

「どんだけ食べたいんだよ! いいよ俺は。そんだけ食べたいならアゲにあげる」

「ホント? うわあ!」

 アゲダママルが笑顔になる。掌が最後の一個を手渡してやると、彼は包に頬擦ほおずりした。

「夜ご飯食べ終わったら食べよう」

「今すぐじゃないんだ……」

「そうだ!」

 衣素は何かを思い出したようで、話題を変えた。

「掌、お前夏休みいつから?」

「あと一、二週間くらいかな? 期末試験終わったら」

 アゲダママルは何の話かわかったようで、ニコニコしている。

「それなら八月に旅行行かない?」

「旅行?」

「ああ。海の見えるいい所なんだよ。ペット可だからアゲも泊まれるし。掌の分も取ってあるから、お前も一緒に行こうよ」

「おお……」

 植瑠暖ウェルダンの団員になってからというものの、大学と衣素食道や植瑠暖ウェルダン糖ド本部との往復しかしていない。羽を伸ばせる機会が訪れるなら、断る理由はない。

「それは是非とも参加したい! ねえ、どんなとこ?」

「ちょっと待ってろ――」

 衣素は部屋の中に置かれた机まで移動してパソコンを立ち上げると、マウスを片手に操作を始めた。

「アゲ、初めて旅行行くんだ!」

「楽しみだね」

「あれ?」

 衣素のその一言に、嫌な予感がした。衣素はパソコンの画面を見つめたまま動かない。目が泳いでいる。

「ない! ちゃんと予約したはずなのに!」

 マウスは忙しなくカチカチと音を立てている。

「ちょっと見せて。ちゃんとやったのに予約できてないなんてことないだろ……」

 衣素があまりにも長いこと格闘しているので、掌は見かねて画面をのぞき込んだ。予約サイトのホームページ――アカウントページの予約状況に関するページが開かれていた。そこには『表示可能な項目はありません』と書いてあるだけだった。

「まさか――」

 閃いた掌は、突き動かされるようにマウスを動かしクリックした。

「やっぱり! これお気に入りに入れただけじゃん!」

 衣素はポカンとしている。

「おいおい、嘘だろ……」

「嘘じゃない……」

「ドッグイヤーっていうのか? 気になるページの角を折っただけだったってことか……」

 この男のうっかりには手を焼かされる。

「うう……」

 アゲダママルは今にも泣き出しそうだ。こちらの犬の耳も折れている。

「今からでも、まだ取れるところが――」

 衣素はキーボードで何かを入力したり、カーソルを動かしたりして、あっちのページ、こっちのページと右往左往していた。やがて望みが絶えたのか、両膝の上に静かに両手を置いた。

「ごめんな、アゲ――」

「衣素のバカ!」

 アゲダママルは口を大きく開けて、仰向けにひっくり返ると、床の上でバタバタと暴れ、泣き始めた。

「うう――」

 衣素は頭を抱えながら、ドサっとソファの上に座った。掌にはかける言葉が見つからなかった。

 エアコンの冷たい風が、すっかり冷えてしまった部屋の空気の温度をさらに下げる。

 アゲダママルは立ち上がり、小さな手で涙を拭うと、扉を改造してつけられた彼専用の小さな扉から、家の外に飛び出していった。

「アゲ!」

 掌が追いかけようとすると、衣素が止めた。

「いいんだ。今は一人にしてやってほしい。あいつなら大丈夫。しばらくしたら帰ってくるから」

 掌は麦茶を入れ、衣素に差し出す。二人は一息つくことにした。

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