闇堕ちバカンス編

第二十三食 犬の散歩してる時に、犬かわいがってくれる人への接し方は難しい

「掌! 手伝ってくれ!」

 衣素が言い終わらないうちに、掌が綱を握る。大型犬の力は馬鹿にできない。

 散歩の途中、衣素の手から逃れ、突然走り出した犬。慌てて地に垂れるリードをつかみ、男二人がかりでようやく抑えた。

 衣素の知人の女性が、彼女の友人から犬の面倒を見るように頼まれたらしい。旅行に行く間、世話をしてほしいとのことだ。しかし、彼女自身に用事ができてしまったため、急遽きゅうきょ、衣素が呼び出されることになった。

 通りかかった年配の男性が、面白そうに二人の様子を眺めていた。

「お兄ちゃんたち。リードを握る手は強くだ。犬は急に反応して走り出すからね。こうやって、ギューってな――」

 彼は、二人に強く握りしめた拳を見せてきた。

 衣素と掌は顔を見合わせ、同じように拳を突き出す。

「そうそう」

 男性はアゲダママルを見ると、しゃがんで撫でた。

「こっちの子はリードつけなくても大人しくしてるのか。お利口だ」

 アゲダママルは四足歩行のまま、嬉しそうにしている。

「しっかりつかんでなきゃ、大切なもんはいつの間にやら走ってどこかに行ってしまうかもしれないぞ。ハッハッハ――」

 彼は笑いながら、道の向こうへ消えていった。

「何なの、あの人……。知ってる人?」

 掌が衣素に聞く。

「いや、知らない人……。何だったんだろうね」

 

「あんたたち、ありがとね。大丈夫だった?」

「大変だったよ」

 衣素たちに犬を任せてきたのは、五十代くらいの女性だった。明るくさっぱりとした印象で、見知らぬ場所で目を覚ましても、迷うことなく家まで帰ってこられそうなたくましささえ感じられた。

「急に悪かったね。これ、お礼とお詫び。あげる――」

 彼女は衣素に紙袋を手渡した。衣素が中から包を一つ取り出す。

「何これ?」

「カレーパン。みんなで食べて」

 アゲダママルは目を輝かせている。

「おお。ありがとう……」

 掌は、礼を言う衣素のうちに、わずかながら動揺を感じた。

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