第二十二食 素質はあっても自信はない。自信はあっても素質がない。

 衣素がムツノスケのベルトを剥ぎ取る。

「これでもう悪さできないだろ。アゲは大丈夫だったか?」

 衣素がアゲダママルを気遣う。

「大丈夫!」

 アゲダママルは無事という語を体現するかのように跳ねる。

「落ちる時、俺が頑張って庇ったからな。っていうか、衣素さん、俺の心配もしてよ!」

「お前は大将の時といい、漆箸の時といい、何度も難を逃れてきたんだから丈夫だろ?」

「丈夫なもんか! 今生きてるからいいようなものの!」

 

 それから時が流れ、皆が広場に集った。縄で縛られたムツノスケの横に立ち、皆の前で衣素が言う。

「おい、朝方! お前何で気絶してたんだよ? 一回こいつの攻撃受けても動けたんだよな? 二回目に気失ってんのはおかしいだろ!」

「何で第一声が俺への説教なんだよ!」

「あの……」

 スタッフの一人が申し訳なさそうに手を挙げる。

「朝方さんが、この蜂の子に追われてここに逃げてきた時、つまずいて転んで失神したの見ました」

「何で、そんな正直に全部言っちゃうんだよ!」

 場が笑いに包まれる。

「だいたいな、俺は逃げてきたわけじゃねえ! おびき寄せてたんだよ!」

「いいよ。いちいち言い訳しなくても。みんなわかってるんだから」

 衣素がフォローに擬態したからかいを浴びせる。

「元はといえばお前が俺を走らせたんだろうが!」

 衣素は気にしないといった様子で、話題を変えた。

「どうする? こいつもカレーに入れるか? はちみつ入れるとうまいだろ?」

「そうだな。おい、誰か鍋持ってこい」

 衣素と朝方の意見が珍しく一致する。

こええわ! そこまでしなくていいだろ!」

 掌が慌てて止める。


 ムツノスケは力の差を思い知り、観念したのか自らの行いを謝罪し、その経緯を話した。酷い仕打ちを受けた団員たちは黙って彼の話を聞いていた。怒り出す者がいるのではと思っていたが、予め今回の事件が起こることを知っていたかのような態度が意外だった。衣素といい、朝方といい、植瑠暖ウェルダンには変わり者が多いのかもしれない。

 夕方になり、晩飯としてカレーを食べることになった。逆洗が主に調理し、ムツノスケが手伝う。

「そうだ、掌。もう一回あの爪楊枝食らってもいい? あの感覚、どっかで味わったことあんだよな。何だっけ?」

 出来上がりを待つ間、衣素が言う。お前も手伝えと言いかけたが、逆洗が張り切っていたので任せることにした。別人とまではいかないが、今日顔を合わせたばかりの彼と比べて、どこか頼もしく見える。

 掌は衣素の望みどおり、爪楊枝を手に取る。

「ええい!」

 ふざけてわざと大声を出す。衣素は驚いたのか、両手を前に出したので、そこを突いてやった。

「あー!」

 頭を抱えしゃがみ込む。しばらくじたばたした後、涙腺が騒ぎきったであろう目を開き言った。

「ねりからしだよ、これ」

「え?」

 唐突に吐かれたその言葉を聞き返す。

「ねりからし。チューブの奴じゃなくて、粉から自分でつくるほうな」

 他の団員たちも一人、二人と集まってくる。どんなものか体験させろと、掌に寄ってきた。彼らも衣素と同じ目に遭わせてやる。

 確かにねりからしだ、などとうなずいている者がちらほらいたが、掌は自分で自分の属膳の威力がわからないのでもどかしかった。

 最終的に、大人が自ら苦痛を望み、そこら中に転げ回るという異様な光景が広がった。


 ――ホント、何なの、この人たち……。


「衣素君。君はまた危険なことを。掌君だけでなく、アゲ君まで巻き込むなんて。彼らは大切な――」

 食事中、衣素はまたもや菊池に怒られていた。それに飽きたのか、衣素が逃げるように話題を逸らす。

「っていうか、菊池さん、ずっと監視してたならあの蜂野郎がいること途中で気づきましたよね? 何で連絡してくれなかったんですか?」

「途中どころか、何やら怪しいことを企てている若い子がいることは、ここに来る前から知っていたよ。バッジのカメラも細工されてたが、まあ、そのことも予想できていた」

「だったら、何で気づいた時止めなかったんですか!」

「君たちなら何とかできると思ってね。予想外のことに対応することも大切なことだ。掌君もいい経験になっただろう?」

 言葉に詰まった。

「そうだ。掌君には、基礎的な訓練をこれから受けてもらうからね。ちょっとずつでいいから」

「え! これで終わりじゃないんですか?」

 すっかり気が抜けていたので、菊池のその言葉に掌は焦った。

「当たり前だろ。カレー食って強くなれるなら誰も苦労しないよ」

 衣素がなだめる。

「まずは基本的な五属膳と五属繊を座学と実技で……」

 それまで虹のような味がした逆洗のカレーは、途端に色を失った気がした。


いてえ……うわっ! ああ……」

 この痛みからは一生逃れられないのではないかという不安が頭部を駆け回る。研修会から数週後。掌の爪楊枝の痛みを、衣素が再現したねりからしを半ば強引に食べさせられた。数日かけ、ようやく近いものをつくり上げたと喜んでいた。そんなつまらないことに時間を費やす大人もこの男くらいである。

「どうだ! 少しは人の痛みがわかったか?」

「別に俺、嫌がらせで人に攻撃してるんじゃないんだって! 俺が悪者みたいな言い方しないでよ!」

 結局、掌のバッジは誰の手にも渡ることなく、彼の所属先は衣素食道に落ち着いた。

「逆洗さん、ムツノスケの勢いに押されてないといいけど。大丈夫かな?」

 逆洗は膳繊手としての鍛錬に励む覚悟を決めたそうだ。ムツノスケの協力のもと、基礎的なトレーニングからやり直しているらしい。戦闘のシミュレーションや分析、そのようなこともムツノスケは得意とするそうだ。

 ムツノスケが逆洗を手伝うことになったのは、菊池の指示だったと聞く。ムツノスケは騒ぎを起こした手前、首を横には触れなかったようだ。ムツノスケは初めこそ、面倒だなんだとぼやいていたらしいが、菊池に、衣素たちへのリベンジのための一歩になるかもと焚き付けられると、生き生きとし始めたそうだ。本部長というだけあって、人の扱いは上手いのかもしれない。

 掌の疑問に、衣素は今さっき見てきたかのような口調で答えた。

「大丈夫じゃない? 自分には何ができて何ができないのか。どこに立ってどう振る舞えばいいのか。あの研修は、そういうことを把握する機会でもあるんだろ。膳繊そしつあるのに自信がない奴と、膳繊そしつはないけど自信はある奴。あの二人はきっと、互いに補い合いながら上手くやっていけるさ。コーヒーとミルクみたいにな」

「そこはカレーとライスじゃないんだ」

 掌もこの頃は植瑠暖ウェルダン糖ド本部に通い、基礎的な鍛錬を行なっている。逆洗やムツノスケが発展していくことはもちろん、自身が刺激物として、この店の味付けのバランスを崩す存在にならないことを掌は祈った。

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