第二十一食 オリジナルには敵わない
考えてみれば、彼には属繊らしいものがない。それでは、あの属膳は何なのだ。
掌の疑問が透けて見えたかのように、ムツノスケは答えた。
「お前を襲ったのは僕が生み出した
「擬似属膳?」
「そう。お前ら膳繊手が放出する属膳を研究し尽くし、その効果を再現したのさ。お前ら膳繊手がいかに無能な存在であるか知らしめるためにな!」
ムツノスケが使う属膳の色が暗く見えるのは、オリジナルとは異なる属膳だからか。
「いいよな。お前ら膳繊手は――」
表情こそ見えないが、声に憎しみが表れている。
「僕は一年前、
「だから鬼たちを襲ったのか?」
「ああ。この擬似属膳を使ってな。多少手こずったけど、僕の技術力には敵わなかったね。今ごろそこら中で気を失ってるさ」
その時、衣素が笑った。
「何?」
ムツノスケは不満そうだ。
「自分が優秀だって? お前のつくった擬似属膳とやら、そいつは未完成だ。俺たちはここに来るまでの間、お前に襲われたと証言する鬼に出会った」
「何だと?」
「そいつは、あんなバケモン見たことねえって、泣き喚いて暴れてたけどな――」
――嘘じゃん……。
「その後はここに向かって走って行ったよ。お前が自慢するその偽の種属膳には、そいつを縛りつけるだけの力はなかったってことだ。お前の詰めが甘いって証拠だ」
「馬鹿な! 僕のつくりあげた擬似属膳に隙はないはず!」
「それならそいつが、お前が思うより優秀だってことさ。
「うるさい!」
怒ったムツノスケは、青い擬似属膳をあたりの木に発射する。
掌は倒れてくる木を必死に避けた。
赤の擬似属膳で機動力を高め、青の擬似属膳で倒木による攻撃を行い、黄色の擬似属膳でこちらの行動を制限する。ムツノスケは自身の欠点を技術力でカバーしている。彼の攻防に隙が見当たらない。
――どうすれば……。
その時、衣素がアゲダママルを抱えながら、掌に近づいてきた。
「アゲ、掌――」
衣素は早口だが、簡潔に指示を出した。確認する間も聞き返す間もない。
掌はうなずく。今は、彼が初めてまともに立てた作戦を成功させるしかない。
衣素が放ったアゲダママルを掌は何とか受け止める。
ちょうどその間に木が倒れてきた。避けた衣素とアゲダママルを抱えた掌とが分断される。
「何度も悪いアゲ、お願い!」
掌は痺れる手首を差し出す。アゲダママルは掌の手首に属膳を流した。彼の手は、ムツノスケの擬似属膳から解放される。
しかし、地に伏せる何本もの木に囲まれ、掌は身動きが取れなくなった。
追い詰めたと言わんばかりに、蜂は頭上に浮かぶ。ベルトにある黄色のボタンを押すと、同じ色の擬似属膳が靴を覆った。あの属膳に触れれば、再び身動きがとれなくなる。
「これで終わりにしてやる!」
ムツノスケは頭に血が上っているようだ。
――今だ。
掌は真上――ムツノスケの靴を覆う属膳のあたりにアゲダママルを放った。それとほぼ同時に自身の右手にある属繊から、爪楊枝を引き抜く。
アゲダママルは右手から輝きを帯びた種属膳を放ち、ムツノスケの擬似属膳に触れる。彼が触れたその部分だけ、霧が晴れるように属膳が消滅した。
アゲダママルの属繊は、朝方のものと同じ双方属繊。その出力形態は<変質>。種属膳の本来の効果【掌握】を【
掌はバスケットゴールにレイアップシュートをするような形で、練属膳の爪楊枝を片手に飛び上がる。落ちてくるアゲダママルをキャッチし――厳密には、彼の方から掌の体に上手くしがみついた――彼が晴らした擬似属膳の間に、爪楊枝を持った左手を突っ込む。ムツノスケのズボンの裾からのぞく素肌を狙った。かするだけでもいい。奴の体に当たりさえすれば……。しかし、爪楊枝の先はわずかに届かない。
――あと少し……。
「無駄だ――」
ムツノスケが言いかけた時、彼よりも高い所に何かが見えた。
衣素の姿だ。波を縫うサーファーのように体を曲げて飛んでいる。
倒れた木。その枝は空に向かって斜めに伸びている。得意の赤い刃で勢いをつけ、枝をつたい、そこまで飛んだのだろう。
ムツノスケは気配を感じたのか、一瞬怯んだように見えた。声を出す暇もなく、衣素の足が蜂のボディを蹴り飛ばす。
彼の足首が掌の爪楊枝の先に触れた。ムツノスケの体は地に向かい、当然、掌の体も巻き込まれる。二つの体は地面に叩きつけられた。
「うわあ!」
ムツノスケはのたうち回る。掌の爪楊枝が効いた証拠だ。
着地した衣素はポケットから携帯を取り出し、掌たちの方に画面を向けた。
「終わったぞ」
『ゲーム終了』の文字。いつの間にか一時間が経過していたようだ。
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