第二十一食 オリジナルには敵わない

 考えてみれば、彼には属繊らしいものがない。それでは、あの属膳は何なのだ。

 掌の疑問が透けて見えたかのように、ムツノスケは答えた。

「お前を襲ったのは僕が生み出した擬似属膳ぎじぞくぜんさ」

「擬似属膳?」

「そう。お前ら膳繊手が放出する属膳を研究し尽くし、その効果を再現したのさ。お前ら膳繊手がいかに無能な存在であるか知らしめるためにな!」

 ムツノスケが使う属膳の色が暗く見えるのは、オリジナルとは異なる属膳だからか。

「いいよな。お前ら膳繊手は――」

 表情こそ見えないが、声に憎しみが表れている。

「僕は一年前、植瑠暖ウェルダンに招かれ、研究部に配属された。僕を雇えば膳繊流のさらなる発展を見込めると思ったんだろう。僕はそれだけ優秀だからね。でも結局、賞賛を受けるのはお前ら食堂部の連中だけだ。膳繊手じゃない僕は研修会にすら呼ばれなかった。膳繊手が活躍できるのは研究部のおかげなのに、陰で支えてる者が邪険にされるのはおかしくないかな? 誰のおかげでこんな所で呑気にカレー食ってられるんだって話さ!」

「だから鬼たちを襲ったのか?」

「ああ。この擬似属膳を使ってな。多少手こずったけど、僕の技術力には敵わなかったね。今ごろそこら中で気を失ってるさ」

 その時、衣素が笑った。

「何?」

 ムツノスケは不満そうだ。

「自分が優秀だって? お前のつくった擬似属膳とやら、そいつは未完成だ。俺たちはここに来るまでの間、お前に襲われたと証言する鬼に出会った」

「何だと?」

「そいつは、あんなバケモン見たことねえって、泣き喚いて暴れてたけどな――」


 ――嘘じゃん……。


「その後はここに向かって走って行ったよ。お前が自慢するその偽の種属膳には、そいつを縛りつけるだけの力はなかったってことだ。お前の詰めが甘いって証拠だ」

「馬鹿な! 僕のつくりあげた擬似属膳に隙はないはず!」

「それならそいつが、お前が思うより優秀だってことさ。植瑠暖ウェルダンにはお前が思うよりも優れた人間がまだまだいるんだよ。それを今から俺たちが教えてやる」

「うるさい!」

 怒ったムツノスケは、青い擬似属膳をあたりの木に発射する。

 掌は倒れてくる木を必死に避けた。

 赤の擬似属膳で機動力を高め、青の擬似属膳で倒木による攻撃を行い、黄色の擬似属膳でこちらの行動を制限する。ムツノスケは自身の欠点を技術力でカバーしている。彼の攻防に隙が見当たらない。


 ――どうすれば……。

 

 その時、衣素がアゲダママルを抱えながら、掌に近づいてきた。

「アゲ、掌――」

 衣素は早口だが、簡潔に指示を出した。確認する間も聞き返す間もない。

 掌はうなずく。今は、彼が初めてまともに立てた作戦を成功させるしかない。

 衣素が放ったアゲダママルを掌は何とか受け止める。

 ちょうどその間に木が倒れてきた。避けた衣素とアゲダママルを抱えた掌とが分断される。

「何度も悪いアゲ、お願い!」

 掌は痺れる手首を差し出す。アゲダママルは掌の手首に属膳を流した。彼の手は、ムツノスケの擬似属膳から解放される。

 しかし、地に伏せる何本もの木に囲まれ、掌は身動きが取れなくなった。

 追い詰めたと言わんばかりに、蜂は頭上に浮かぶ。ベルトにある黄色のボタンを押すと、同じ色の擬似属膳が靴を覆った。あの属膳に触れれば、再び身動きがとれなくなる。

「これで終わりにしてやる!」

 ムツノスケは頭に血が上っているようだ。


 ――今だ。


 掌は真上――ムツノスケの靴を覆う属膳のあたりにアゲダママルを放った。それとほぼ同時に自身の右手にある属繊から、爪楊枝を引き抜く。

 アゲダママルは右手から輝きを帯びた種属膳を放ち、ムツノスケの擬似属膳に触れる。彼が触れたその部分だけ、霧が晴れるように属膳が消滅した。

 アゲダママルの属繊は、朝方のものと同じ双方属繊。その出力形態は<変質>。種属膳の本来の効果【掌握】を【解毒げどく】に変化させているらしい。【解毒】により、属膳の威力を弱めることや敵によって体内に蓄積された属膳を消滅させることが可能だそうだ。

 掌はバスケットゴールにレイアップシュートをするような形で、練属膳の爪楊枝を片手に飛び上がる。落ちてくるアゲダママルをキャッチし――厳密には、彼の方から掌の体に上手くしがみついた――彼が晴らした擬似属膳の間に、爪楊枝を持った左手を突っ込む。ムツノスケのズボンの裾からのぞく素肌を狙った。かするだけでもいい。奴の体に当たりさえすれば……。しかし、爪楊枝の先はわずかに届かない。

 

 ――あと少し……。


「無駄だ――」

 ムツノスケが言いかけた時、彼よりも高い所に何かが見えた。

 衣素の姿だ。波を縫うサーファーのように体を曲げて飛んでいる。

 倒れた木。その枝は空に向かって斜めに伸びている。得意の赤い刃で勢いをつけ、枝をつたい、そこまで飛んだのだろう。

 ムツノスケは気配を感じたのか、一瞬怯んだように見えた。声を出す暇もなく、衣素の足が蜂のボディを蹴り飛ばす。

 彼の足首が掌の爪楊枝の先に触れた。ムツノスケの体は地に向かい、当然、掌の体も巻き込まれる。二つの体は地面に叩きつけられた。

「うわあ!」

 ムツノスケはのたうち回る。掌の爪楊枝が効いた証拠だ。

 着地した衣素はポケットから携帯を取り出し、掌たちの方に画面を向けた。

「終わったぞ」

 『ゲーム終了』の文字。いつの間にか一時間が経過していたようだ。

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