第十九食 悪役が口に巻く、歯がプリントされたあのバンダナは怖い

 立ち上がろうとするも、足が動かない。

「掌!」

 振り返った衣素が叫ぶ。

 アゲダママルが素早く、掌の足もとに近づく。足に刺さった銛を右手でつかむ。キラキラとした種属膳――黄色というよりもどちらかといえば、金色に近い――がアゲダママルの手から放たれる。銛は、氷が溶けていく映像を早回しした時のように、みるみるうちに消滅していった。さらに、アゲダママルは銛が刺さっていたあたりに手をやるとそこにも例の属膳を流し込む。

 木の陰から二人の鬼が出てきた。そのうちのどちらかが銛を投げたのだろう。

 彼らは掌に向かって駆けてくる。


 ――こんな時に! 今は相手をしている場合じゃ……。


 掌は目を閉じる。

 その時、バタっと地面に何かが叩きつけられるような音がした。

 音のする方に目をやると、鬼二人が横に並んで倒れていた。二人の足を一本ずつ、黒い塊がつかんでいる。逆洗の炭属膳だ。

 鬼たちは足をばたつかせ、抜け出そうとする。

「なんだこいつ、めちゃくちゃ力強いぞ!」

 炭属膳の【増強】で力の入った逆洗の手は、がっちりと足首をつかんで離さなかった。

「やっぱり僕には、人の足を引っ張ることしかできないのかな。今のうちに行ってください!」

 冗談混じりに放ったその言葉の奥に、彼の意志を感じる。

 アゲダママルに介抱された掌の足は自由になった。

 二人の鬼は、つかまれた足を外そうと、逆洗に構っている。

「逆洗さん!」

 掌は叫んでいた。逆洗を助けるために引き返そうとする。

「掌、行くぞ!」

 衣素に呼び止められ、足が止まる。

「お願いします……」

 独り言のようにつぶやく。三人はその場を後にした。

 

 衣素はいつの間にか、靴に赤い刃をつけていた。広場に飛び込む。

「朝方さん!」

 アゲダママルが声を上げる。

 三人の視線の先には、うつ伏せに倒れた朝方や菊池、他の膳繊手。その頭上には、例の蜂がブンブンとうるさい音を立てて浮かんでいた。こちらに顔を向ける。

「何か文句でも?」

 人間の声だ。蜂から放たれている。

 よく見ると、黄色と黒の服をまとった人間が、赤い羽で飛んでいる。揚属膳にしては、やや色が暗く見えた。顔は蜂の顔が描かれたマスクで覆われている。

「マスク被って仮装した人間じゃねえか! 朝方の奴、バケモンとか言ってビビってたぞ!」

 衣素が笑い声を上げる。

 朝方の言っていた蜂のバケモノとは人間だったようだ。

「お前、何でこんなことするんだよ!」

 掌が蜂に問う。

「こいつらに、僕のほうが優秀だってことを理解させるためだよ。その身に刻み込んでやるのさ、この逸材――ムツノスケ様の名をな」

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