第十八食 角からいきなり何かが飛び出してくるとビビる

 木々の間を駆けていく。

「うわっ――」

 背後でドサっという音がした。振り返ると、逆洗が転んでいる。道の石にでもつまずいたのだろう。

 彼はゆっくりと立ち上がる。本人は急いで立ち上がったのだろうが、体がついてこないような印象だった。

「すみません。急いでるこんな時に……。僕のことは置いていってください」

 逆洗は肩を落としている。

 衣素が息を吸い込む。ゆっくりと逆洗の前に立つと口を開いた。

「食っただけじゃ、それをどんな奴がつくってるかなんてわからねえだろ」

「え……」

 逆洗は衣素の顔を見つめている。

「目の前に料理があって、あったかいとか冷たいとか、うまいとか、この味付けは好みじゃないとかさ。そういうことは食えばわかる。けど、じゃあそれをどんな奴がつくってくれたのかまではわからない。心を込めてつくったのか、それとも雑につくったのか、そういうもんはもしかしたら味に現れるのかもな。でも、男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、細い奴がつくったのか肥満の奴がつくったのか、そんなもん誰にもわからねえだろ」

 確かに、料理につくった者の名前でも書いていない限り、無理な話だ。

「あんたは自分が太ってて、膳繊手らしくないからかっこ悪いと思ってるのかもしれない。けど、それって人を助けることと関係あるのかよ? あんたがこれまで、どれくらいの人間を救ってこられたかは知らない。でもあんたに助けられた人たちが、あんたのことを見たら『こんな見てくれの人間に助けられたくなかった。もっとスタイリッシュな美男子がよかった』って、がっかりすると思うか? あんたの料理をうまそうに食った人が、厨房のぞいてあんたのことを見つけたとき、『もう二度とこの店には来るものか』って、文句言いながら帰ると思うか?」

 衣素は続ける。

「見た目も中身も、全部揃ってる奴なんているのかよ? うちの店も一人は犬、一人は未熟だ。俺は……これといって欠点もないけど――」

「あんたはどう考えても『抜けてるところ』だろ!」

 本心ではあるが、衣素の主張がブレないように、掌は加勢してやった。

「少なくとも俺は、美人がつくった激マズ料理より、汚いおっさんがつくった激ウマ料理が食いてえかな」

「嘘だよ! 衣素は美人がつくった激ウマ料理が食べたいに決まってるんだから!」

 アゲダママルがからかう。

「こいつ――」

 衣素は軽い拳をつくって、アゲダママルを撫でた。

「それにさ、あんたみたいに前に出るのが怖いってのは考えてみれば当たり前だろ。植瑠暖ウェルダンの奴らはみんな、危険と隣り合わせなんだから。さっきの朝方みたいに、率先して自分を犠牲にしようとする奴の方が珍しいのかもな」

「あれはあんたがやらせたんでしょうが……」

 うつむいていた逆洗が顔を上げる。

「ありがとう……」

 逆洗は依然として不安そうな表情を浮かべている。しかし、それを塗りつぶすように笑みを浮かべた。


「もうすぐだ」

 先頭を走る衣素が携帯を片手に言った。

 一行は広場まであと少しの所まで来ていた。向こうの様子ははっきりとは見えないが、遠くに広場があることは確認できる。

 その時、向こうの上空を何かが通り過ぎるのが目に映った。それは、広場の方に向かっている。

 黄色と黒の体。人間と同じくらいの大きさ。一瞬だったため、細かいところまでは確認できなかったが、朝方の言った蜂のバケモノとはおそらくあれだ。

 誰も言葉にはしなかったが、皆が例の蜂だと気づいたのだろう。広場に向かって走る速さが増した気がした。

 突然、掌は右足首に違和感を覚えた。次の瞬間、力が抜け、転倒する。わけもわからず首を捻って確認すると、右足に黄色の小さなもりのようなものが刺さっていた。

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