第十七食 年上だと思ってた人が年下だとビビる
「異変を隠すどころか、わざとみんなが気づくようにしてるんだよ」
衣素は真剣な表情で語った。
「っていうか、朝方お前、菊池さんにこのことは報告したのか?」
「報告しようにもできねえんだよ。妨害されてるのか、発信しても通信が遮断される」
衣素と朝方の携帯が、ほぼ同時に振動した。
三十分が経過したようだ。
画面を確認すると、鬼の数は五人になっていた。
「半減か。やはり何者かが……」
朝方がつぶやく。
「残りの鬼がここに来る可能性もある。ひとまず場所を変えよう」
衣素の提案に反対する者はいなかった。
広場に戻る道の途中で見つけた洞窟の中。腰を下ろす。
「なんか、悲しいですよね……」
口を開いたのは逆洗だった。
「今日は掌君を
「逆洗さんは新人さんじゃないんですか?」
掌が逆洗に問う。
「いや、僕は膳繊手歴でいえば、二十年くらいにはなるかな」
「ベテランじゃないですか!」
新人といえば若いイメージがあるが、逆洗は歳を重ねた新人なのだと勝手に思っていた。
そこである疑問が浮かぶ。
「え……。じゃあ、何で、俺みたいなひよっこと一緒に?」
少し間を開け、逆洗が話し出す。
「実は、どうしても今回の研修会に参加したくて、本部長にお願いしたんです。実は僕、自分に自信がなくて……」
しんみりとした空気が場を包む。
「僕は食堂部に所属していて、普段はみんなと同じように店で料理をつくってるんだ。僕の料理目当てでわざわざ遠方から来てくれるお客さんもいて、そのことはすごく嬉しい。僕は昔から食べることが好きで、料理へのこだわりも強くてね。属膳を放出できるようになったのも、いろんなものを食べ飽きて、『一周回ってシンプルなものがいい』なんて、おにぎりを食べ続けたからなんだよ。それが偶然、喚食だった」
「それくらい、食べることが好きなのか」
衣素は感心しているのか引いているのか、そう漏らした。
「だけど、膳繊流となると……。僕はまるで駄目なんだ。鈍臭いし、臆病だし、それで仲間にいつも迷惑をかけて……。さっきだって、みんなが前に出てくれていなかったら、僕なんてあっという間にやられてた。守らなきゃいけないのは僕のほうなのに……」
逆洗は地面に不甲斐ない自分が映し出されているかのように下を見つめ、悲しい顔をした。
「『あいつが膳繊手のくせに太ってるのは、大した働きもできないのに食べてばかりいるからだ』って、店の若い子たちに馬鹿にされてるのも知ってるんです」
確かに膳繊手はその体質から、細身の人間が多いはず。逆洗はそれとは対照的だ。お世辞にも痩せているとは言えない。
「僕はどんどん自信を失くして……。もう膳繊手として活動するのは辞めようかなと。新人が挑むようなこともクリアできないなら、諦めもつくなって。それで本部長に頼んで、今回の研修会に参加させてもらったんだ。だけど、それも他の団員たちに邪魔をされてしまった。それに、掌君がつくったカレー、すごくおいしかった。得意な料理さえ、君みたいな若い子に……。僕は思い上がっていたのかもしれないな。こんなどうしようもなくて醜い僕が、悪意から人々を守る英雄面をしてるなんて恥ずかしいよ」
逆洗は衣素同様、事前に研修内容を知っていたのだ。どうりで『カレーの食材を集めるために戦え』などという突飛な訓練を受け入れられたはずだ。
「おいおい掌、お前がうまいカレーなんかつくるからだろ。空気読めよ――」
衣素がこづいてくる。
「読みようがないだろ! 知らなかったもん、そんなこと!」
「いや、いいんだ。君が悪いわけじゃないから……」
自分のせいでなくとも、掌はなんとなく申し訳なくなった。
「とにかく――」
それまで黙っていた朝方が入ってくる。
「じっとしていたって、あの蜂野郎は地図を頼りにここへやって来るかもしれない。今は一刻も早く、本部長にこのことを伝えるべきだろうな」
「よしっ! それは俺たち四人がやる」
衣素が自身の胸を叩く。
「朝方、お前は
「何で俺が囮なんだよ!」
「お前はもう失格になってんだからいいだろ! それに、動かなきゃ意味ねえって言ったのはお前だろうが! 早く行け!」
朝方が洞窟の外に出る。
「その蜂のバケモン見つけたら、できるだけ時間稼ぎしろ。ついでに他の鬼たちも倒してくれるとありがてえ」
「うるせえ。全くいつもいつも面倒な奴だ」
文句を言いながらも朝方は走っていく。
残された者たちはじっとしていた。
時が流れる……。
四十五分が経過したことを携帯は告げる。
洞窟の中から外の様子を
「それじゃあ、行きますか」
失格者を捨て駒にした男が、仲間に声をかける。一行は元いた広場を目指して走り出した。
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