第十六食 蜂の巣の穴は見てるとゾッとする

「鬼が残り十人って、どういうこと?」

「確か最初の鬼は、十八人でしたよね?」

 掌と逆洗は戸惑う。

 衣素が倒した鬼は二人。鬼同士の争いは禁じられているから、残りの鬼は十六人でなければ計算が合わない。

「考えられるのは、ルールを破って鬼同士が戦闘したってことだな」

 衣素が口を開く。

「そうじゃなければ、間違ってボタンを押しちまったか――」

「六人も?」

「そうだよな……。さすがにそれはないか――」

 そこで衣素が黙った。

「とりあえず、移動しよう」


 それから数分後。

 突然アゲダママルが衣素の肩に乗り、ささやいた。

「ん? どうしたアゲ?」

 何かを告げられた衣素はしゃがむ。

「どうしたの?」

「いや、靴ひもが――」

 彼は右足の靴を茂みに向かって飛ばす。揚属膳がついたままの靴は勢いよく飛んでいった。

「うわっ! いてえ!」

 少し離れた木の陰から声が聞こえ、人が出てくる。

 朝方だ。

 アゲダママルが走り出す。地を蹴り、ピョンと跳ぶと彼の肩の上に乗った。

「あれ? バッジしてないよ」

 残念そうにしている。

「何だよ! 何で俺がいるのがわかった!」

 朝方はまだ痛むのか、腹を押さえながらいらいらしている。

「アゲがいるだろ」

 アゲダママルはにっこりとした。

「そうか。アゲがいるのすっかり忘れてた……」

 朝方は肩を落としている。

「どういうこと?」

 掌には理解できない。

「アゲは鼻がいいんだ。朝方こいつが放つような異臭なら微かに感じ取れるらしい。属膳の臭いが残ってれば、わかるんだってさ」

「アゲってすごいんだな」

 アゲダママルは腰に手を当てている。

「つうかお前、こんな所で何してんだよ?」

 衣素は朝方に当たりが強い。

「属膳の臭い残ってるってことは、誰かと戦ったってことか? それにバッジは?」

 朝方は話すのを渋っている。

「何? もったいつけるなよ」

 衣素がしびれをきらす。

「……られたんだよ」

 もごもごと何を言っているかわからない。

「何?」

「盗られたんだよ!」

「誰に?」

「でっけえはち!」

「蜂?」

 一瞬場が静まり、衣素が大声で笑い出した。

「おいおい、いつからお前はそんなつまんねえ冗談が言えるようになったんだよ」

「笑ってんじゃねえ! あんなのバケモンだ!」

「確かに虫なら、お前の異臭なんて気にも止めないかもな!」

 衣素は笑い転げる。

「そこまで面白くねえだろ!」


「それで、その蜂って何なんですか?」

 掌が問う。

「俺が聞きたいくらいだ。いきなり目の前に現れて、バッジを奪っていった。赤い羽で飛び回り、黄色の粉で俺を痺れさせ自由を奪った。あれはおそらく属膳だ」

 揚属膳の効果は【機動】。種属膳の効果は【掌握】。揚属膳で動き、種属膳で朝方の体の一部――あるいは、全身――を封じたのであれば、説明はつく。

膳繊獣ぜんせんじゅうか?」

 衣素が身を乗り出す。

「アゲと一緒?」

 アゲダママルも興味を持つ。

「わからねえ。だが、そいつが俺たちを狙っているんだとしたら、鬼の数が激減していることにも納得がいく」

 菊池にモニタリングされている以上、鬼が他の鬼を襲えば足がつく。彼らが潰し合うとは考えにくい。

「じゃあ、外部の人間が?」

 掌が疑問をぶつける。

「多分な。あんな奴は参加者の中にはいなかったはずだ。それに相当な実力者だ。不意打ちとはいえ、この俺が手も足も出なかったんだからな」

「宣戦布告されてたって、お前じゃ歯が立たねえだろ」

「何だとこいつ!」

 衣素と朝方がにらみ合う。

「やめてください、二人とも! 今、喧嘩してる場合じゃないでしょ!」

 掌が止めに入る。

「そんなことより――」

 衣素はマイペースに先に進もうとする。

「そんなことって、あんたが仕掛けたことだろ。切り替え早いな」

「俺が変だと思うのは、この蜂の行動なんだよな。何でこいつは隠れ鬼に参加してねえのに、わざわざバッジの電源を切るようなことをするんだ? 鬼を倒すだけなら、バッジを奪う必要なんてないだろ。それにそいつが地図を確認していたとするなら、なおさら、電源落とす意味がわからねえ。電源入れて鬼が残ってるって思わせた方が、自分が鬼を襲ってることがバレないのに」

「そこまで考える頭がないんだろ。人間じゃあるまいし」

「だとしても、そいつを操ってる奴がいるはずだろ? 理性がない割には、妙に理にかなってるとこもある。理性があるとしたら、なぜか理にかなってないとこ――」

 衣素がビクッとする。その様子を見て、皆も驚いた。

「何だよ、いきなり」

「逆だ。こいつ、自分が鬼を倒してることを見せつけてる」

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