第十五食 石の裏に隠れた虫は怖い

 衣素たちが広場を出てから十分後。彼らは木々の陰に身を潜めていた。

「この辺までくれば、とりあえず大丈夫だろ。自己紹介がてら、さっきできなかった属膳と属繊の確認をしよう」

 衣素はそう言うと、喚食ケースからカツを取り出し口に運ぶ。


 掌とアゲダママルも自身の使う属膳と属繊の説明をした。逆洗の番になる。

「僕の属繊は階層属繊かいそうぞくせん――」

 そう言って、右手を皆に向ける。

 右手中指の下。三角形の内側に、底辺に平行な線が、二本引かれている。ピラミッド図を横にしたような形だ。

 階層属繊かいそうぞくせん。出力形態は<防壁ぼうへき>。言葉どおり、守りに適した出力形態で、属膳の強度が高くなるらしい。

「そして、属膳は――」

 逆洗は喚食ケースから、団子サイズの白い玉を取り出す。

「それは?」

 掌が尋ねる。

「おにぎりです。塩むすびですけど。僕の属膳は炭属膳すみぞくぜん――」

 炭属膳すみぞくぜん。喚食は米やパン、麺類などの炭水化物。

 黒色の属膳で、効果は【増強ぞうきょう】。主に身体能力を向上させる効果があるらしい。

 逆洗は属膳を出すと、ハンドクリームを塗るようにして、丸く分厚い両手に塗り込む。真っ黒な炭属膳は、彼の両手を覆い、鍋つかみのようになった。

 その時、衣素の携帯が振動した。

「時間だ。ここから鬼が追ってくるぞ」

 二十分が経過した。

 衣素は携帯を百八十度回転させて、皆に見せる。簡易的な地図が表示されていた。その一部に緑色の点が四つ重なっている。衣素たちだ。

 地図の中央――広場のあたり――にはオレンジ色の点が密集していたが、じわじわと動き出した。

 画面の隅には、緑色の4、オレンジ色の18という数字。逃走側と鬼の残り人数を表している。

 二十秒ほど経って、地図から点が消えた。

「奴ら、俺たちの所へ向かってくるぞ」

「でも、鬼側は俺たちがここから離れると思ってるだろうから、まっすぐここには来ないかも。裏をかいてこの場に留まるってのもありなんじゃない?」

 掌が提案すると、衣素が答えた。

「それもいいけど、それでも何人かは素直にここに来るだろう。じっとしていて鬼に見つかるくらいなら、俺は動いて見つかったほうが後悔しない。やるだけのことはやって失敗したいかな」

 彼の意見に逆らう者はなく、皆は動き出した。木々の中を進んでいく。

 やがて、道を塞ぐ大きな岩が現れた。

「行き止まりか……。仕方ない。回り道するぞ」

「待ってください」

 口を開いたのは逆洗だった。

「僕の属膳なら壊せるかも。炭属膳の【増強】で、拳の威力は上がってる。階層属繊の<防壁>で、属膳自体も硬くなってるし」

 今の彼の拳は、ハンマーのようなものなのだろう。

 逆洗は岩の前に立つと、何度も拳を叩きつけた。カンッという音が鳴る。

「あの、あんまり無理しないでください」

 見るに見かねた掌が声をかける。もし素手なら骨が折れているだろう。

「大丈夫……」

 逆洗は殴り続けた。苦しそうにしている様子もない。

「衣素君の言うように、やるだけのことはやりたい。それで失敗するなら――」

 その時、岩にヒビが入り、ボロボロと砕け始めた。

「ごめんなさい、失敗だったみたいです」

 開けた視界の向こう。皆の前に現れたのは、二人の鬼だった。

 彼らは突然砕けた大岩に驚いているようだ。

「すいません、僕が余計なことした――」

「あ、わりい! ちょっと時間稼いでおいて!」

 逆洗が詫びる隙も与えず、衣素が声を出す。

 衣素はしゃがむと喚食ケースからカツを取り出し食べていた。

 衣素の揚属膳は体外に放出してから、十数分経過すると消滅するらしい。先の自己紹介で出力した赤い刃は、既に消えてしまったようだ。おまけに衣素の体内に留めておける揚属膳の量の限界は、二枚分の刃をつくる量と同じ(それが、衣素の食べるカツ一個がつくる揚属膳の量である)。つまり、限界まで揚属膳をつくったとしても、二枚の刃を出すことしかできず、もう一度出力したければ、その度に喚食であるカツを食べなければならない。便利だが面倒だと衣素がぼやいていたことを、掌は思い出す。

 衣素の情けない一言に応えるように、アゲダママルが飛び出す。掌も負けじとその後に続いた。こうなれば、自分の身は自分で守るしかない。

 鬼二人は小型の剣のような属膳を使い、こちらのバッジに手を伸ばそうとしてくる。掌は爪楊枝を片手に右往左往していた。

 アゲダママルはくるくると回り、鬼を惑わせている。

 逆洗は入る隙をうかがい、もたもたとしている。戦闘に慣れていないのだろうか。

 場が膠着こうちゃくしていたその時、風を感じた。

 二人の鬼の向こうに、衣素がいる。揚属膳で移動したのだろう。

 彼は両手をこちらに向けて微笑む。その手には、二つのバッジが一つずつ握られていた。

「うちの従業員に手を出そうったって無駄だ。店長が許さん!」

「あっ――」

 彼らは慌てて振り返るが、衣素の指はバッジのボタンを押し込んでいた。

 失格になった二人の鬼は、その場に崩れ落ちる。

 衣素が携帯を取り出した。十五分が経過したことを伝える振動が起こったようだ。

「もう時間か。さて、他の奴らはどの辺に……。え?」

 衣素はじっと画面を見つめている。

「どうかしたんですか?」

 逆洗が不安そうな声を漏らす。

「これ……」

 衣素が皆に画面を見せる。

 地図の隅、オレンジ色の数字――残りの鬼の数を表すその文字は10になっていた。

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