第十食 明け方なのか夕方なのかわからない空もある。だいたいは夕方

「誰の指示だ? 誰がお前に、俺を連れてくるよう命じた!」

「おい、掌……」

 衣素の声が背後から聞こえる。

 大将は苦しそうにしている。しかし、なおも沈黙を貫く。

 掌は舌打ちをし、もう一枚サーモンを食べた。

 属繊から爪楊枝を出して突き刺す。

「ぐわぁ!」

 バタバタと暴れる大将の首をつかむ。額に顔がつくほど近づいた。

「俺はあんたが力尽きるまで付き合い続ける自信があるけど?」

 大将は目を大きく開けている。掌から目をそらし、うつむいた。

篇鋼丁ベンコッティ……」

 大将がつぶやく。

「は?」

 聞き慣れない言葉に戸惑っていると、朝方が口を開いた。

篇鋼丁ベンコッティ。膳繊流による襲撃や膳繊手の売買……要するに何でもありの組織だ」

 衣素も入る。

「だが、その実態は誰もつかんでいない。お前篇鋼丁ベンコッティに掌を渡そうとしていたのか?」

「ああ。篇鋼丁ベンコッティは優秀な膳繊手を高く買い取ってくれるんだよ。お前が俺の店に来る前、占い師に会っただろう? あいつは俺の仲間だ。ああやって人の手を確認して、使えそうな膳繊手を見つけたら、俺に連絡が入るようになってる」

 入学当初に出会ったあの占い師。この男のグルだったようだ。

「お前を見つけた時、高く売れると思った。だから、店におびき寄せて属膳を解放させたんだ」

「何で俺の喚食がサーモンだってわかったんだよ?」

「あの占い師は、属膳の種類や喚食を見抜く特殊な目を持っている。見るだけでそいつの持つ属膳の種類がわかるらしい。事前にお前が練属膳をつくれる膳繊手だということを聞いていた俺は、あらゆる魚介類を用意しておいた」

 初めて店に行った日、いろんなネタをあれこれ食わされた。

「そして、あいつを店の奥に忍ばせておいた。奴は喚食を食べた時の微妙な体の変化を読み取って、お前の喚食が何か判断したんだ」

 大将は続ける。

篇鋼丁ベンコッティは躍起になって、優秀な膳繊手を集めているようだ。それを証拠に、ここ最近で報酬額が跳ね上がった」

「大枚はたいてでも、自分たちの組織に引き入れたいってのか」

 掌が問い詰める。

「その組織と連絡をとるためにはどうすればいい?」

「俺は交渉役にしか会ったことがない。交渉役といっても、白属膳しろぞくぜんの効果で生み出されたであろう怪物だったがな」

 白属膳の効果は【連結れんけつ】。

 属膳を生物などの形に変え、その中に人の意識を溶け込ませることができるらしい。遠方からの監視などに役立つそうだ。

 それでは誰も篇鋼丁ベンコッティに近づけない。外部の人間が組織を把握できないように手を打っているようだ。

「それで?」

 まだ引き出せることがあるかもしれない。

「もう何もない……」

 掌はもう一度引っ掻く。

 大将は苦しそうな声を上げた。

「おい!」

 朝方が掌の肩を叩く。

「これ以上は何も出ないだろう。やっても無駄だ」


「大丈夫か?」

 衣素が水の入ったコップを置く。

「ありがとう……」

 掌は水を飲み干す。

 掌が目覚めたのは、漆箸との戦いの翌朝だったようだ。外の景色を見ていなかったので、朝なのか昼なのか、はたまた夜なのかさえわからなかった。

 食堂の壁にかかった時計に目をやる。現在、午前十時。

 衣素と二人で朝食をとる。

「アゲは? 一緒にご飯食べなくていいの?」

「清水に『二人で朝飯食べておいて』って言っておいたから大丈夫だと思う」

 衣素は二人だけで話がしたいのだろう。

「びっくりしたぞ。あの時のお前の迫力。あいつも話さなければ命はないと思ったのかもな」

「うん……」

 あの時、体が先に動いた。怒りに任せて奴を痛めつけただけだ。

 自分はどちらかといえば、温厚な性格だと思っていた。しかし、いつからか怒りっぽくなったような気がする。

「どうする? 植瑠暖うち、入る?」

「ここまで来て、もう引き返せないだろ。俺みたいに連れ去られる膳繊手だってたくさんいるんだろう。俺は篇鋼丁ベンコッティを追うよ」

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