第八食 アニメのキャラとかが初対面の人の名前とか顔とか、一発で覚えるのってすごいと思う

 目が覚める。

 衣素の自宅とは違う天井が見えた。ここはどこだろうか。

「衣素〜!」

 アゲダママルの声が聞こえた。

「びっくりさせて悪かったな」

 アゲダママルは衣素に抱きついている。

 いくつかベッドが置かれた部屋の中に、彼らはいた。

 どうやら漆箸との攻防の後、ここに運ばれてきたようだ。とりあえず助かったらしい。

「おお。気がついたか」

 衣素が声をかけてくる。

「うん」

「掌君!」

 アゲダママルは衣素のベッドから、掌のベッドに飛び移る。近づくアゲダママルを抱きしめた。

「よかった」

「ありがとうアゲ。衣素さんも無事でよかった。まさか最後、あいつに足もとをすくわれるとは思わなかったよ」

「俺は予定どおりだけどな。あの仕事終わったら、お前をここに連れてこようと思ってたんだから。ようこそ、植瑠暖ウェルダンへ!」

「絶対、意図してなかっただろ、こんな連れてき方! ってか、連れてきてもらったんだろ!」

 この男の前向きな考え方には、呆れるとともに頭が上がらない。

「ちょっと待って。ここが衣素さんが言ってた植瑠暖ウェルダン?」

「そう。トウド本部」

 その時、ドアが開いた。

 衣素と同じくらいの年の女性が入ってくる。身長は百六十五センチ前後だろうか。白衣をまとっているため、医者であろうことは理解できた。

「目、覚めたみたいね。無事でよかった」

「どうも……」

柄尾川えびかわ清水しみずです」

 女性は頭を下げる。

「清水先生!」

「アゲ。かわいそうに。びっくりしたね」

 彼女はアゲダママルを抱える。その接し方で、心優しい性格なのだとわかった。

「あなたたちは、昨晩ここに運ばれてきたの」

「あの建物が崩れる直前に、俺が連絡したんだ。俺の携帯は、ワンタッチで緊急事態を知らせられるように改良してあるからな」

 衣素は得意げな顔をする。

「まず緊急事態にならないように、あんたが頑張りなさいよ。あんたはともかく、まだ経験の浅いこの子に無理させるなんて」

 清水は掌に向かって言う。

「あなた具合悪くない?」

「大丈夫ですけど……」

「一応、確認するね――」

 聴診器を掌の胸に当てる。

「うん。大丈夫そう」

 彼女は衣素の方を向く。

「あんたは?」

「俺も特に具合悪いところはないぞ」

「まあ、でも一応聴いておいてあげる」

「なんかわりいな」

「別に、あんたのためじゃないからね」

 

 ――いや、絶対、衣素さんのためだろ……。他に理由なんてあるのか?

 

 清水は、衣素には当たりが強いようだ。

「清水は昔から、俺にだけこういう感じなんだよ。まあ、いいけどさ」

「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」

「いや、俺、当事者なんだけど……」

 彼女の当たりの強さはおそらく……。

 衣素は気づいていないようだ。

「そういえば、アゲ。お前、どうやってここに来たんだ?」

朝方あさがたさんが連れてきてくれたの」

「朝方が?」

 再びドアが開き、男が入ってきた。衣素と背格好がよく似ている。

「しぶとい奴め。生きていたとは」

 入るやいなや、その男は悪態をつく。

「黙れ。よりによって、一番借りつくりたくない奴に助けられちまった」

「何だその言い方。俺がアゲを連れてきてやったんだ。礼の一つくらい言ってもバチは当たらねえだろ」

 衣素とは仲がよくないのだろう。

 清水が口を出した。

「ホント、二人とも仲良しだよね」

「お前は何を見てるんだ?」

 男の矛先が彼女に向く。

「だって大学に入る前からの知り合いなんでしょ? それなのにこうやって、職場まで一緒になってさ」

 遮るように衣素が言う。

「こいつには学生時代からずっと付きまとわれて困ってるんだよ」

「それはこっちのセリフだ!」

「あ〜あ。くだんがいればな。お前が俺たちに付きまとってたって証明できるのに」

 衣素がぼやく。

「いちいち一言多いな、お前は……」

 朝方は掌を見る。

「お前が海堂掌か?」

「はい……」

「寿司屋の大将に売られそうになってたところを俺が助けた。珍しい属繊を持ってて、属膳で攻撃されるとすげえいてえんだよ」

「そうか。それなら丁度いい。ついてこい――」

 朝方は親指で廊下を指差す。

 掌は立ち上がり、彼についていった。


 長い廊下が続く。

「自己紹介がまだだったな。朝方あさがたじゅんだ。植瑠暖ウェルダン食堂部しょくどうぶに所属している」

「おい朝方。あんまかっこつけるなよ。上から目線で話したって、どうせ後でボロが出てなめられんだか――」

 朝方が衣素の頭を拳で叩く。

いてっ! 何すんだ!」

「何でお前までついてきてんだよ!」

「俺は掌の面倒見なくちゃいけないんだから当たり前だろ? アゲは清水に任せたから問題ないだろ?」

「まあ、それならいい。子どもが見るようなもんじゃないしな」

 また、ろくなことに巻き込まれないのだろう。

 掌は朝方に聞く。

「朝方さん。さっきの食堂部って何?」

「あ? お前まだ説明してなかったのか?」

 朝方が衣素をにらむ。

「まったく……。植瑠暖ウェルダンは、その活動内容によって、いくつかの部にわけられてんだ。会社でも課があるだろ?」

 うなずく掌。

「そんで、食堂部ってのは、各自で店舗を持って、表向きは飲食業を営み、任務が出ればそれを全うする部署だ。俺や衣素こいつはそれぞれ店を持ちながら、陰でこの町を守ってんだよ」

「衣素さんも食堂部の人なんだ」

「食堂のの字もわからねえ奴だけどな」

「うるせえな。店の名前がちゃんと書けたって、レビューの星が増えるわけじゃねえんだよ」

「おい! それ誰の店のこと言ってんだ?」

「は? 誰もお前の店の評価が低い話なんてしてないわ!」

 衣素と朝方はにらみ合う。

 

 突き当たり近くの扉を開き、下の階に続く階段を降りていく。照明は薄暗く、明らかに先ほどまでの階とは違う。

 長い廊下に出る。両側に黒い扉がいくつか並んでいるだけの不気味な廊下だった。

 朝方はその中の一つを開ける。広く暗い部屋の中、椅子に誰かが縛りつけられている。目隠しをされ、口にはタオルのようなものを巻かれている。視界を奪われ、話すこともできないようだ。

 朝方がその人物の目隠しを外す。

「あ!」

 拘束されていたのは、掌の属膳を解放させるため、彼を罠にはめた大将だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る