第七食 ハサミを手渡す時、刃の方を握って渡すのはいいけど、強く引っ張られてこっちが怪我するんじゃないかと思うと怖い

「掌、お前の爪楊枝、貸してくれ」

 衣素が小声でささやく。

「え? 何で?」

「お前はまだ、戦うのに慣れてないだろ? 先輩の活躍を見せてやるからさ」

「じゃあ俺、何で連れてこられたの? まあ、いいけどさ……」

 昼間に衣素から渡されたケースを取り出す。近くのスーパーで買っておいたサーモンの切り身を食べた。

 右手の属繊から例の爪楊枝を出す。それを衣素に手渡した時だった。

「うわっ! あっ、痛っ!」

 衣素が爪楊枝を落とす。頭を抱えると騒ぎ始めた。

「ちょっと、静かにしろって!」

 衣素が苦しんでいるところを見るに、この爪楊枝は自分にしか扱えないようだ。触れただけで痛みが走るということだろう。

「ってか、見せたかった姿ってこれ?」

「そんなわけねえだろ。何だこれ! めちゃくちゃ痛いぞ!」

 その時、カランという音がした。床に何かが転がる音。先ほどと同じ音だ。

 直後、ガラスが割れるような音とともに、目の前の壁がバラバラに砕けた。二人の姿は漆箸から丸見えになる。これほどまでに屈強なコンクリートが一瞬で……。

 奴に自分たちの存在がバレてしまった。

 衣素はうずくまっている。しばらくは動けないだろう。


 ――こうなれば、自分が何とかするしかない。


 掌は爪楊枝を拾い上げる。この爪楊枝で奴の体の一部を引っ掻けばよいのだ。この男を倒せなくとも、それくらいならできるかもしれない。

 漆箸はポケットから缶詰を取り出すとふたを開ける。ツナ缶のようだ。中身を食べ終えると床に缶を投げ捨てた。影でよく見えなかったが、カランという音は、彼が缶を捨てる音だったのだろう。

 漆箸の左手。手のひらの中央よりやや右のあたりに、三日月のような属繊がある。

 刀身属繊とうしんぞくせんだ。刀の刃のような形をしていることから、そう名づけられたらしい。

 漆箸は刀身属繊から斧を取り出す。青色をしているため、練属膳なのだろう。

 漆箸の注意を引くため前に出る。しかし、タイミングがつかめない。掌がもたもたしていると、漆箸は踏み込んで斧を振るった。掌は後ろに下がる。

 腕に痛みを感じた。慌てて見ると出血している。避けたつもりが、刃の先がかすったようだ。右腕を斬られた。

 おかしい。練属膳では、人に傷を負わせることはできないはず。

 爪楊枝で斧に立ち向かうのは無謀だったか。

 

 ――それならば、せめて……。

 

 練属膳は、耐久力が低いはず。殴れば素手でも壊せるかもしれない。

 掌は手に持った爪楊枝を前方に放った。

 漆箸は斧で、爪楊枝を真っ二つに切断する。


 ――今だ。


 掌は左手で斧を殴った。ガラスが割れるように刃の部分が壊れ、飛んでいく。

 同時に、漆箸の拳が腹に命中した。

 掌は仰向けに倒れ込む。息ができない。

「そこに隠れているのはわかっている――」

 漆箸は、手に握っていた斧の柄を投げた。青い柄はコンクリートの壁にぶつかる。ボコッという音を立てると、壁に穴が開いた。

 目をやると衣素の姿が目に映った。衣素は別の場所に移動していたようだ。新たに見つけた隠れ家も砕かれてしまったが。

「掌……」

 衣素が口を開く。まだ痛むのか、苦しそうに話し始めた。

「刀身属繊だ。練属膳の【穿孔】自体は、人の体に傷をつけられない。だが、刀身属繊の出力形態<槍突そうとつ>で、攻撃力は高まる……」

「そうか……」

 <槍突>による破壊力増幅は、あの刃の部分に現れている。それによって、生物にもダメージを与えられるのだろう。自分の右腕が斬られたのは、刀身属繊が起因していたようだ。

 漆箸は再びツナ缶のフタを開け、中身を食べる。この男はあとどれだけ隠し持っているのだろうか。缶一つ分のツナで、一個の斧しか出せないようだが、これではキリがない。

 漆箸が手のひらから青い斧を出す。

 衣素がこちらへ向かってくる。揚属膳の赤い刃を靴につけている。

「衣素さん、大丈――」

 衣素は掌と漆箸のあたりまで来ると、Uターンして入り口の方へ向かう。

「ここは任せた――」

「ちょっと、どこ行くんだよ!」

 そのまま外へ出て、どこかへ行ってしまった。

「仲間を見捨てるとは、愚かな男め」

 漆箸が酷評する。

 じわじわと掌に近づくと、斧を振り上げた。

「悪く思うな――」

 掌は目をつむる。

 その時、頭上でガタガタという音がした。見上げると、天井が揺れている。

「何だ?」

 目を凝らすと、所々にヒビが入っている。

「まさか、天井に亀裂が?」

 漆箸も動揺しているようだ。

「別に驚くことじゃねえだろ」

 声のする方を見る。いつの間にか衣素は帰ってきていた。

「練属膳の効果は【穿孔】。その恐ろしさはお前が一番よく知ってるだろ?」 

「バカな。お前は揚属膳使いのはず。あるとすれば小僧の――しかし、あれほど小さな練属膳では、建物を破壊するほどの力は――」

「あるじゃねえか。あと一つ、とっておきの練属膳が――」

 衣素は右手を開く。手からは血と、青色のかけらがこぼれ落ちた。

「力入れすぎて手、切っちまった。やっぱ刀身属繊って、すげえな」

「まさか……」

「さっき掌が砕いてくれた、お前の斧の刃。これを屋根の上に何周かこすりつけると――」

 天井は音を立て崩れ始めた。

「掌、逃げるぞ!」

 衣素は入り口に向かう。

 掌もそれに続いた。しかし、外に出るあと数歩のところで、足もとに何かが飛んできた。掌はそれにつまずき、転倒する。 

 足もとには青い斧。後ろを見ると、漆箸がこちらをにらんでいる。奴は斧を投げ、自分が逃げるのを妨害してきた。

 音を立て屋根が落ちてくる。

「掌!」

 衣素が近づいてくる。

 

 ――ダメだ。逃げてくれ。


 屋根がガラガラと崩れ、あっという間に視界が奪われた……。 

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