第六食 「どうせあいつ遅れるだろう」と思った奴が、自分より早く来ていると、いいことのはずなのに、なんかイライラする

 夜。廃墟と化した工場。多くの建物が肩を並べる。衣素と掌は、そのうちの一棟にいた。屋内には月の光が差す。崩れたコンクリートの陰に身を潜めていた。

 走行音が近づいてくる。窓の外に強い光を放つ車が見えた。車はブレーキをかけて止まる。

「おっ、来たみたいだな……」

 衣素が言うと、バタバタと車のドアが次々に閉じられる音が聞こえた。壊れた建物の扉から、人が次々に入ってくる。

 掌は見つからないように、コンクリートの壁から様子を見た。スーツを来た男たちが数人いる。そのうちの一人はアタッシュケースを持っている。


「アゲはお留守番な」

「うん。頑張ってね」

 衣素食道で強引に働かされた日の夕方。

「アゲに何かあったら、大変だもんね」

 衣素はアゲダママルを撫でている。

「俺に何かあるのはいいんかい!」

 掌がぼやく。

「そういうわけじゃないけど、掌は見たところ攻撃タイプだし、俺はどっちかっていうとサポート系だからさ。いてくれると助かるんだよ」

 結局、二人で仕事に向かうことになった。


 男たちは黙って何かを待っている。

「遅くなって申し訳ない」

 静寂の中に男の声が響く。男たちが入ってきた反対側にある扉から、体格のよい男が入ってきた。手にはアタッシュケースを持ち、きびきびと男たちのもとへ歩いていく。

「たった一人でとは。ずいぶん舐められたもんだな」

 リーダー格の男がそう言うと、取り巻きが笑い声を上げる。

 嘲笑された男は何も言い返さない。

「まあいい。取引に応じてもらえれば、文句はないからな。おい――」

 リーダー格の男が取り巻きの一人に目をやると、取り巻きの男は前に出て、アタッシュケースを置いた。

 遅れてきた男も、自身が手に持つアタッシュケースを床に置く。

 取り巻きの男がアタッシュケースに近づき、中身を確認すると、リーダー格の男に合図した。おそらく、中身に問題はないということなのだろう。

 体格のよい男も、アタッシュケースに近づき中身を確認する。

「それでは我々はこれで――」

 スーツの男たちは背を向け、入り口に向かって歩く。

「衣素さん、いいのか?」

 彼は手のひらをこちらに向ける。待てということだろう。

 しばらく何もない時間が続いた。

 掌は午後に衣素から聞かされた話を思い出す。覚えたての知識の復習をした。

 

「それじゃあ、話の続きを――」

 掌は集中した。

「属膳と属繊を使った戦術のことを膳繊流ぜんせんりゅうっていうんだ。喚食属膳は、手のひらにある属繊ぞくせんから放出することができる――」

 そう言って、衣素は自身の左手を掌に見せる。

 左手の中央に、昨日見たスパナのような紺の線がある。

「あれ、これも属繊?」

 昨日は気がつかなかったが、親指の付け根と手首の間にも小さな線がある。立方体を平面に表したときのような図形だった。

「ああ。これもそうなんだって。でも、使ったことない。ってか、使えない。調べてもらったけど、よくわかんないんだってさ」

「へえ」

「左手にある属繊は、右手にある属繊より、属膳の効果を強める傾向がある」

「じゃあ、左手に属繊があるほうがいいじゃん。属膳の効果ってのは何?」

「そうか。それについても話さないと。属膳にはその種類によって、それぞれ効果があるんだ。たとえば、揚属膳の効果は【機動きどう】。移動手段として使えたり、ものの機動力を高めたりできる。俺が高速で移動できるのは、揚属膳の効果があるからだ」

 確かに衣素が靴に付けていた刃は、車やバイクに匹敵する力があった。大将が出した犬のリードを切断するために、衣素が投げた揚属膳の破片も高速だった気がする。

「それから、掌の属膳は練属膳ねりぞくぜんだな。青い色してたし。喚食は魚介類が多い。効果は【穿孔せんこう】。攻撃力が高くて、使い方によってはコンクリートなんかにも穴を開けることができる」

「え! そんな恐ろしいもんが、この体から……」

 掌は恐ろしくなる。

「でも、人間とか、生き物にはほとんどダメージを与えられない」

「今日のあの男には大ダメージを与えたように見えたけど……」

「う〜ん。どうなんだろうな? それも後で調べてもらうか」

 先ほどから、『調べてもらう』とは誰になのか気になったが、黙って続きを聴くことにした。

「種属膳の効果は【掌握しょうあく】。主に生物に対して、身体の一部を封じたり、マインドコンロールしたりできるのが特徴だな」

「大将が犬を操れたのは、その効果を使ったからか。でも、生き物をコントロールできるなら、俺か衣素さんに使ったほうがよかったんじゃ……」

「あいつは犬か、一部の限られた生物しか操れないんだろうな。同じ種類の属膳でも、膳繊手によって、出力された属膳の効力や形状の細部は違ってくる。それらを左右するのが属繊だ。たとえば、俺のこのスパナみたいな属繊は、工具属繊っていうんだけど――」

 衣素は左手を見せる。

「どんな形で属膳が放出されるか、属繊ごとに分類されてて、それを出力形態って呼ぶんだ。工具属繊の出力形態は<装飾そうしょく>。サポート系の道具を生み出せる。俺の刃とか、あの男のリードとかな。まあ、出力形態っていってもおおよその分類で、さっき言ったとおり、膳繊手ごとに細部は異なるけどな」

 掌は右手の五芒星を見る。

「俺のは何て名前の属繊なんだろ?」

「珍しいから、わかんねえな。あの犯人、お前が出した爪楊枝みたいので随分と苦しんでたし。その属繊にも、色々秘密がありそうだ――」

 その後も、衣素の講義は続いた。


 車のエンジン音が聞こえ、掌は我に返る。

 外を見る。部屋を出ていった男たちが車に乗り込み、走り去るところだった。車は広い廃墟を進んでいく。

 その時、カランという音がした。床に何かが転がる音。掌は恐る恐る、音のする方――男のいるあたりを見た。

 男は青色の斧を持っている。三十センチくらいのそれを片手で持つと、振りかぶって外に向かって投げつけた。斧は車に向かって飛んでいき、ボンネットに命中する。斧は粉々に砕ける。

 次の瞬間、車は音を立てて爆発した。火柱が天高く上がっていく。乗車していた男たちは、もう助からないだろう。

「あいつだな――」

 衣素が掌にささやく。

 スーツの男たちと、たった一人で向かいあっていた男。男が放った青い斧は、練属膳でできたものだろう。その効果【穿孔】により、車体を裂き、中のエンジンにまで傷をつけた。

 漆箸うるしばしかなめ

 危険人物の可能性があるとして、衣素が調査を命じられた膳繊手だ。

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