第四食 痩せたら痩せたで冬が寒い
「えっと、何から話せばいいんだろう?」
翌日。二階建ての二階にある一室。テーブルを挟んでソファに座る。
あの騒動の後、ナポリタン男の家に泊めてもらうことになった。疲れ切っていたのか、目を閉じた瞬間に朝になっていて驚いた。
「そうだ! 俺は
「よろしくお願いします……」
掌は慌てて付け加える。
「あっ、海堂掌です」
「知ってるよ」
「え?」
「俺はお前が狙われてると思ったから助けに行ったんだ」
確かに、あの人気のない倉庫を偶然通りかかったとは考えにくい。
「何日か前に『毎日同じ寿司を大量に食べてる奴がいる』って話を、たまたま耳にしてな。もしかしたら、レアもんの
「いや、ほんと、あの時助けてもらわなかったら、どうなっていたことか……」
掌は頭を下げる。
「実は……」
掌は、大学入学から昨日までのことを話した。
「そうか。それは大変だったな」
「お待たせ――」
その時キッチンから、二足歩行のクリーム色をした犬――もしくは猫――が、手に盆を持って歩いてきた。身長は二十センチくらいで、左肩に腕輪をつけている。
「どうぞ――」
腕輪からかわいらしい声が聞こえる。
「ありがとう、アゲ」
衣素がティーカップを二つ受け取り、一つを掌に差し出す。中には紅茶が入っていた。
「俺はたくさん食べても太らない体質なんだけど、もしかして掌も?」
「え……そうだけど」
唐突に聞かれ、掌は動揺した。
「やっぱ、そうだよな」
「それがどうかしたの?」
「俺たちみたいに、体内で
そう言われても、何がなんだかわからない。
衣素もそれを察したのか、席を立つと、棚から筆記用具を持って戻ってきた。
衣素は紙に、人の身体の形を描く。
「俺たちがたくさん食べても太らないのは、体質が普通の人間とは違うからなんだよ」
「体質?」
「ああ。食事で得られた栄養は、体を動かすためのエネルギーとして使われて、余った分は脂肪として貯えられる。だからいっぱい食べてもそれを消費しきれなければ、その分、脂肪として蓄積されるわけだ。食べ過ぎで太るってのはこういうこと。でも俺たちの体は
衣素は小さな円を数個、紙の上の体の中に描く。
「じゃあ膳繊手は属膳をつくることで、結果的に普通の人よりつくる脂肪の量を抑えられてるから、太らないってこと?」
「そう。そして、属膳には
何も描かれていないスペースに、小さな円と正方形を並べて描いた。
「アゲ、色鉛筆貸して」
「は〜い」
アゲは色鉛筆のケースを大事そうに抱えて持ってくると、衣素に手渡した。
衣素はケースから赤い鉛筆を取り出し、正方形を塗りつぶした。色鉛筆はとても小さく、この犬用のものであることがうかがえる。
衣素は円の下に『無地属膳』、赤くなった正方形の下に『喚食属膳』と書き込むと解説を続けた。
「最初、膳繊手は無地属膳しかつくれない。無地属膳は基本的に何を食べてもつくれるし、数日は体内に留まるけど、属繊から放出することはできない。対して喚食属膳は、膳繊手それぞれに対応した食べ物じゃないとつくれないし、数時間しか体内に留まらないけど、属繊から放出できる。それから、喚食属膳は常識では考えられないような力を持つのが特徴だ」
『喚食属膳』と書かれた赤い正方形。掌はそれを見てひらめいた。昨日、衣素が靴につけていた刃も赤い色をしていた。
「もしかして、昨日衣素さんが出してたのは、この喚食属膳ってやつ?」
「そう。喚食属膳をつくるための食べ物を喚食っていうんだけど、喚食属膳は喚食によって、いくつかに分類されるんだよ。たとえば、俺は揚げ物のカツが喚食だから、
衣素は服のポケットからケースを取り出し、テーブルの上に置く。開くと、中には数個のカツが入っていた。
「これが喚食を入れるケース。温度の管理とかを自動でやってくれるから便利なんだよな」
小型のクーラーボックスといったところだろうか。
「へえ。さっき『最初は無地属膳しかつくれない』って言ってたけど、喚食属膳をつくれるようにするにはどうすればいいの?」
「ある期間内に、一定量の喚食を食べればいい」
掌はハッとした。
この二ヶ月、毎日のようにサーモンを食べていた。合計で千貫前後だろうか。自分は知らず知らずのうち、喚食属膳を解放させられていたのだ。あの大将によって。
「喚食属膳がつくれるようになった後、喚食を食べると瞬時に消化されて喚食属膳がつくられる体になる。簡単には信じられないかもしれないけどな。もちろん、代償も大きい。お前はあの寿司屋で、ずいぶんと苦しい思いをしたんじゃないか?」
うなずく掌。昨日の恐怖を思い出す。
「あれは、体が変化を起こしていたからなのか……」
正直、あんな思いは二度としたくない。
そこで掌は思いつく。
「ってことは、俺はもう――」
「キャー!」
その時、建物の外から女性の悲鳴が聞こえた。
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