第3話 テイム、新たなメンバー追加

 朝、目覚めた、と思いきやもう夕暮れだった。ああ、やっちまったな。休日の夕方に目覚めた時のような後悔を感じる。

 しかし、これもある程度予想していたことだ。


 青きのみの量を多く食べたことで、より強い睡眠作用が働いたのだろう。昨日より多めに食べたことで、これだけ長い間目覚めなかったのだ。


 それは当然、でかヤモリたちも同じことで……って、あれ? 昨日あいつらがいた場所はもぬけの殻。もしかして、青きのみの量が不十分で途中で起きて、逃げ出してしまったのだろうか……?


 そんな俺の考えは杞憂に終わった。木陰地帯から少し離れた砂浜沿いに、キュルルと一緒にでかヤモリ二匹がじゃれ合っていたからだ。


 あれ? あいつら何で仲良くしてるんだ。別に同種でもないだろうに。というか……俺が近づいても、でかヤモリは逃げる気配はない。

 それどころか、キュルルと同じように俺の足に擦り寄ってくる。モフモフはないが、可愛い。ヤモリのような両生類特有のお手てがチャーミングだ。


 違い違う。そんなことはどうでも良い。昨日さらった動物が俺になついている理由、まさか……テイム、か?


 俺の好きなサバイバルゲームでは、登場する生物をテイム、すなわち手懐ける機能が備わっていた。条件は種類によって違うが、最もメジャーな方法が、眠らせて、好きな食べ物を与えるという手段。

 今回、彼らの好物を与えれたかは分からないが、俺の手から直接食べ物を口に含ませたのは確かだ。それが、条件に合致したのかもしれない。


 もしくは、この世界での俺は、中二心をくすぐる特殊能力も、美少女との出会いもなく不安に思っていたが、生き物を手懐ける才能があるのかもしれない。


「うーん。美少女との出会いも、出来れば欲しかったが……」


 こいつらと一緒にいるのも悪くない。足に擦り寄ってくる三匹の変な生き物を見て、そう思った。


 彼らは俺が寝ている間に、平たい虫を手に入れたようで、三匹で仲良く捕食していた。ヤモリたちでは甲殻を突破できなくても、キュルルなら可能だ。南無阿弥陀。神は信じてないが、食われるものがあるおかげで、こいつらは生きていける。


 もう日が落ちるまでそれほど時間がない。俺は昨日の続きと思い、火を起こす作業を再開。ひたすら枝を回しながら擦り付ける俺を見て、三匹は興味津々だったが……何かを察知したのか、急に逃げるように俺の背中の後ろに回った。


 その瞬間、枝と枝の間から、煙が立ち上ったのだった。


「よっしゃあ!」

「キュルル!」


 三匹はさらに後退。俺は構わず用意した枯草や穂に火種を移す。すると真っ赤に燃え上がる。急いで空気を送り、勢い付ける。すると、ついに炎が立ち上がった。


 事前に用意した枝をかきあつめた場所に、火種を放り込む。瞬く間に炎の火力が増し、焚き火が完成した。


「あ、ああ」


 感動、だった。見知らぬ土地でいろんな新鮮なものに触れたが、火は格別だ。落ち着く。


 俺と対極の反応を示したのは、三匹。彼らはさらに後退し茂みの中からこちらを見ている。ここら辺は俺がある程度草を抜いてしまったから、隠れる場所がないのだ。


 そりゃそうだろうな。生き物にとって火は脅威だろう。慣れるのに時間はかかる。


 その時、後ろでゴトリ、と硬いものが地面にぶつかる音がした。慌てて振り返ると、でかヤモリ二匹の片方の足の間から、卵が転がってきた。


 片手を大きく開いて、ようやく掴めるサイズ。多分、ダチョウとニワトリの卵の中間サイズだ。それにしてもかなりの大きさがある。この二匹、男女だったのか。


 俺はそれを拾い、唾を飲み込んだ。

 大切なペットの卵だ。新たな命の源。もちろん、このまま孵化させるのも一つの手だろう……だが、あいにくここ数日青きのみしか食べてない俺に、我慢はできなかった。


 すまん。でかヤモリ。この世界は弱肉強食。俺も自分より弱いものを喰らって生きていくんだ。


 幸い三匹は火には近づけない。俺は卵を火の近くで転がしてみた。コロコロ、コロコロ。まったく火加減がわからないが、一時間半はそうしていたと思う。


 中を開けてみると、ゆで卵とはまた違う、焼き卵ともいえる食べ物が出来上がっていた。


 箸もスプーンもない俺は、それを直接食べる。この世界に来て、初めてまともとも言える食事をした瞬間だった。量的にもかなり満足のいくもので、腹は膨らみ、気持ちも高揚した。


「キュル〜」


 相変わらず、火を恐れている三匹をよそに、俺は次の活動に勤しんだ。すなわち、サンダル製作の続きだ。

 少し慣れた手つきで頑丈な茎を織り込んでいく。もう一つのサンダルの原型が完成。最後に丈夫な草を巻きつけ、親指が入る穴を作成。サンダルの完成だった。


 履いて足踏みすると、悪くない。何度も草の巻きつけを調整して、自分の歩きやすい形にする。履き心地が増すに連れて、なんだか嬉しくなって、俺は焚き火を中心にぐるぐると周りながら、変な踊りをしてみた。


「それっ! よっ! よぉっ!」


 聞いたこともない掛け声。すると、三匹も仲良く後ろについてきて、ぐるぐる回り始めた。火も少し見慣れたのだろうか。

 原初の頃、人間が踊ったり念仏を唱えたりして、祭りを行ったのが分かる。多分、高揚した気持ちをぶつける何かが必要だったのだろう。あるいは、現在から、少しでも逃避できることを願ったのか。


 俺は踊りをやめて、三匹を抱き上げた。両手を広げてギリギリおさまるサイズ感。でかヤモリ二匹は、俺に卵を取られたにもかかわらず、普段通りだ。テイムの効果だろうか。ゲームのようにステータスが表示されるわけではないから、分からないが……。


「すまんな。ヤモリ。俺も腹が減っててさ」


 一人で喋るのに、初めは少し抵抗があった。でも、語りかけるうちに、不思議と気恥ずかしさは消えた。


「せめてもの償いで、名前をつけさせてくれ。その、つがいだもんな。お前たち。二匹で一つみたいな……そうだ、ヤモスとモリスでどうだろう。安直だけど、ぴったりだ」


 股の下を見ると、きちんと雄雌が分かる。ヤモスが雄でモリスが雌だ。よくみると顔つきもヤモスの方が精悍で、身体も少し大きい。何より目の上に切り傷がある。ずっと二人で生きてきたんだろう。


 ヤモスとモリスは鳴かない。ただじっと、俺を見つめている。


「正直、初めは不安だったのかもしれない。ただ、何かに没頭することで、気を紛らわせることがてきた。一人ぼっちが嫌になることもあった。でもお前たちがいてくれたから、寂しくなかった」


 たった数日の生活。言葉の通じないのない動物。でも、俺は大分救われていた。


「キュルー!」


 キュルルが胸に頬擦りする。

 俺は三匹を強く抱きしめて、寝床で目を閉じる。

 今日は大分成果があった。火がつき、サンダルが完成し、卵で腹を満たせた。


 皆、どうしているんだろう。友人は少ない方だったが、いなかったわけではない。一緒にゲームの話をする同僚が一人いた。彼は、俺のことを……。


 まずい、感傷に浸りそうだ。

 俺は三匹の温もりに胸を任せて、考えるのをやめた。

 明日もまた、生きなくちゃいけない。







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