暴走していく世界の中で 5
エレベーターで目的のフロアまで辿り着いた所で真は歩きながらアクセス元へと向かっていくと、教頭室の前にある大広間の前で足を止める。
教頭室の前に鎮座する大きな鎧を着ているような機械の人、中身は見ないでも分かってしまうほど、真はもうすでにショックではなかった。
というよりはむしろ逆に「やっぱりか」という気持ちで一杯になっている。
そして、その右隣には初老に近い男性が腰に両手を回した状態で、綺麗なスーツに身を包み眼鏡をしっかりと掛けて立ち尽くしていた。
真は苛立ちを募らせるような顔をしてしっかりと睨みつけるのだが、教頭はそんな真に「やれやれ」と声を放ちながらため息を吐き出すだけ。
その姿は聞き分けの無い子供を説得する前の教師のような顔立ちだが、どこまで欲の為に動いたであろうその姿を見て今更教師としての姿を見ることは無い。
「君が入学すると聞いた時から嫌な予感があったんだ。だから事前にあの海谷家のグループビルに入りたかったのだがね。何を言っても「管理管轄外だから」という理由で入れてもらえなかったんだよ」
「当たり前だ。お前みたいな不審者から守るための「管理管轄」という言葉での侵入を防いでいるんだから」
「あのグループビルだけ記憶粒子の暴走が起きていないのは、あそこだけワクチンが張られているからなのかな?」
「そうらしいが? あんたが暴走させている正体で良いんだよな?」
「おや? もしかして、ここで私が「違うんだ! 私は脅されて…」なんて言えば許してもらえるのかな?」
真のドスの聞いたような迫力のある眼光を前にもう一度ため息を吐き出し、教頭はインコムを取り出して時刻を確認する。
その表情は儚げな気がした真。
「才能のある人間には分からない領域だとは思わないか? 君は分からないかな? 才能が無いと言われる人間の気持ちが…」
分からない。
真にはそんな人の気持ちは正直に言えば分からないが、そんな言葉を口から吐き出すことは出来そうにない。
「私は小さい頃から才能が無いと言われて生きてきたよ。勉強をしていても、運動をしていても目立つような成績は残せない。平均が精々で、上にも下にも人がいる毎日。期待なんてどこにも存在しない。平凡な毎日さ」
「良いじゃないか。その中で大人しくしていればいい」
「これだから化け物は…この技術を作った人間もそうさ。少女だったはずだが、これだけの才能がありながらどうしてそれをもっと公表しようとしないのか理解に苦しむ」
「誰もがお前のように目立ちたがりなわけじゃない。目立ちたいのなら僕達の関係の無い場所で行動しろ。少なくとも僕の身の回りで起こすな。迷惑だ」
真からすれば自分の身の回りで事件を起こしてほしくないだけで、別段世界や情勢上の平和を求めているわけじゃない。
というよりは、一個人に出来ることじゃないと分かっている。
身の丈に合った生活が人にはあり、自分に世界を如何にかする力は無いと分かっていた。
「君なら出来るんじゃないのかな? 化け物と言われ続ける君なら。彼女の記憶を覗かせてもらったよ」
「勝手に一華の記憶を覗くな。迷惑だぞ」
「彼女は君が好きだそうだ」
その言葉だけで心が一瞬で揺らぎ動揺しそうになる中でそれを強い気持ちで抑える。
「そんな好きな君に少しでも近づく無いなと自分に興味のない君に「好きだ」って言ってもらえない。そう思っているそうだね。君は何でもできる化け物のような人間らしいから」
「それは…否定しない。確かに小さい頃からやろうと思ったことは何でもできた…」
(たった一つだけ出来ない事…それはお前の事なんだよ一華)
そんな言葉を口に出すことが出来るわけじゃない。
「君には理解できないけど…私には分かるよ。彼女の気持ちがね…何も出来ないと思ってしまう自分が、情けなく思える」
「そうか…あんた爺の関係者だな? 歳から見てもそうだろ? 爺ちゃんが第四次世界大戦が起きそうになるのを阻止した後に起業した時にでも出会ったんだろう?」
代々真の一家である海谷家は実験による副産物もあり天才的でかつ化け物的でもあったのだ。
やろうと思ったら何でも出来るし、実際不可能を可能に変えてきたわけだ。
世界を救うことだってきっとやろうと思えばできるのだろう。
だが、同時に面倒ごとや厄介ごとを起こしかねないのも一族の特徴である。
「起業したばかりでね。私も夢を見てこの世界にやってきたよ。政府から『記憶粒子を使った企業設立』の許可が下りた時、私は不覚にも「儲かる」と思ったよ」
「安直だな。失敗しそうだ」
「失敗したよ。あの三つの企業に全部持っていかれたよ。金も権利も…そして人すらも。金を借りようと会社に赴いた時私は初めて出会った。あの天才に…目を見て私を一瞥したと途端興味を失ったようでもう私を見ることは無かった」
「あのクソ爺…これもお前が蒔いた種かよ…」
「何度も説得を試みたが彼は「人材は金で買おう。だが君には金を支払う気は起きない。君は才能が無いからね」とこれだけさ。そうしているうちに、人徳が無いんだね。あっという間に私は一人だ。皆いなくなったよ。教員免許だけは持っていたから会社を捨てた後は私は教師になった。記憶粒子に関しての教師としてこの学校に赴任した。でもね…諦めきれなかったんだよ」
「で、この事件を起こそうと思ったわけだな。記憶粒子の暴走を使った兵器産業の証明を他の連合国に売り込み、同時に海谷家への復讐の為に」
「そういう事さ。君が来なければこんな強引な方法は取らなかったんだ」
「さっさと諦めて止めればいいのにさ…」
ヴァイスは「またそうやって…」と真に語り掛ける。
「君達一族には手に入らない物は無いんじゃないのかな?」
『それは無い。私が否定しよう。この一族には、あの男には手に入らない物ばかりだ。少なくとも過去に捨てたモノは取り戻せない。この世界に全く同じものは存在しないのだ』
「おやおや? これはまさか人工知能かな? はら…こんなモノまで持っている」
「一回一回悲観して物事を見ないといけない呪いでも掛かっているのか? 鬱陶しいだけだぞ。正直に言えばお前の悲壮的な人生なんて死ぬほど興味が無い。何度も言うが…僕の関係ない所でやっていればいいんだ。巻き込むな」
「迷惑か? 同じことを言われたよ。君のおじいさんにね。『君の価値観を私に押し付けないでほしい。可哀そうな顔をして、可哀そうだろうみたいな声を出すな。君に同情する所なんて一つもない』とね。そして…彼は」
「『迷惑だ。お前の妄想に私を巻き込むな。才能が無いのだから諦めろ』だろ? 良いそうだ。そして…僕も同じ気持ちだ。迷惑だ。諦めろ」
今まで年上を演じていたかのように表情が変わり果て、苛立ちで血管を浮かび上がらせ、同時に鋭い睨みを真へと向けた。
真もそんな目をすることだけは分かり切っていた事だ。
あえて挑発することを口にしたわけだが、同時に祖父の気持ちを全く理解できないわけじゃない。
教頭は才能が無いわけじゃない。
ただ夢や目標が妄想みたいな壮大さと同時に他人の所為にしようという気持ちが先行しているのだ。
要するに他に才能があるのだから夢を変えるなり、他の努力をするなりやり方なんて幾らでもあるのだ。
だが、自分が努力をしない事に『才能が無い』やら『この男に潰された』という被害妄想で誤魔化しているのだ。
勉強をしっかりして、上を目指す気持ちがあるのならやり方なんて幾らでもあるし、方法なんて探れるはずなのだ。
始めっから天才なんて居ないのだ。
どんな天才も努力をして天才と呼ばれているはずなのだ。
才能も努力をしないで開花などありえない。
彼は『努力をしたくない』という気持ちと『楽をして儲けたい』という気持ちを誤魔化したいからこその被害妄想。
「お前は被害妄想を抱くことで誤魔化しているだけだ。努力をしたくない。楽をして儲けたい。そんなこと漫画や小説の中でしかありえないんだよ。努力をしないで才能を開花させることなんて出来ないんだ。どんな人間も始めがあるんだよ。スタート地点は確かに人によって変わってくる。だが、そこから努力で幾らでも差を埋めることが出来るはずだ。お前はめんどくさがりなんだろう? 頑張ることが出来ない奴が一華に同情すんな。少なくとも一華は僕に並ぼうと努力はしていたはずだ。努力すらしなかったお前とは違う! 来い! 一華! 僕が好きだというのなら僕の気持ちに答えて見せろ! ヴァイス!」
『了解だ! 鎮圧する。今までで一番大変な戦いだぞ』
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