暴走していく世界の中で 2

 真と理亜が学校の正門までの一本道を車で進んでいると、学校方面に真っ赤に発光している物体が無数に漂っているのが見えてきた。

 あれが全て暴走した記憶粒子なのだと思うとぞっとしてしまう真、学校全域を完全に包んでいる状態なのは間違いがないが、警察などから仕入れた情報によると暴走者が学校から出て暴れているとのこと。

 警察は完全に事態全容までは把握しておらず、海谷グループは今現在警察へと状況説明などに必死になっている。


「警察としても中に入って確かめるわけにもいかないのでしょう。記憶粒子の暴走状態では下手に中に入ると自分も影響を受けてしまいますし、ましてやあんな不可思議な状況では自ら前に進もうとする者は少ない」

「だが、それは一過性の状況だ。状況が悪化すれば絶対に警察も中に入ろうとするはずだ。銃の携帯が許されている警察が中に入って暴走すれば…!」

「ええ。下手をすると怪我人どころか死人が出るでしょうね。軍が介入すればさらに悪化します。海谷グループとしても説明に困りますね。記憶粒子の暴走なんて論文でも書かれたことが無い案件ですので」

「ウォン先生は書かなかったのか?」

「ええ。理論上は可能だとは言われていても、実際にする人はいませんし。さっきも言いましたが中にいるだけで本来は危険ですので」

「自滅するからか…最悪だな。だが、それは相手が暴走することを前提に組んでいるからだろう? だったら今相手も…」

「どうでしょうね。暴走させた理由やその結果が自分も自滅するだけなら実行するとは思えません。となると、敵は…教頭という男は間違いなく自らは暴走に対する対策を講じていると思いますよ。まあ…結果が見えませんが」


 教頭が捕まるデメリットを負いながらも学校内に留まっている可能性が高いと海谷グループは指摘しており、周囲に展開している警察官も教頭らしき人物を見ていないと言っている。

 この学校は高い塀に囲まれて裏山などの抜け道も存在はしない。

 出入口は三つの門から出るしかない以上、教頭はまだ中にいると推測した。

 無論、教頭が建物に入っていない可能性もあったが、記憶粒子を暴走させるには中にいる必要性がある。


「ですから、十中八九間違いなく中にいるでしょう。最も簡単にたどり着かせてくれるとは思えません。記憶粒子を散布したのも、それを暴走させたのも学校内のセキュリティを手に入れることが目的でしょうし」

「海谷グループの建物はヴァイスがワクチンで守っていたから無傷なんだよな?」

『ああ。ああしなければあそこも影響を受けていた。ただ、同時に出入りを封じられているのが現状だ。あの状態では何日でも持つだろうが、食料などはそうもいかない』


 ウイルスチップの影響を受けないという事は同時に出入りを封じられていることと一緒、ましてや建物の上ですら暴走した記憶粒子があるのだ、ヘリでも侵入は出来ない。

 ヘリでも精密機械の塊でそんなものが暴走している記憶粒子の中に入っていけば操縦不能になる。


「まだ時間が掛かりそうですね…」

「歩いて行った方が早いか?」

「いいえ。それでも車の方が早いでしょう。電車は記憶粒子の暴走で前線運休状態です、ここからの距離を考えればまだ車の方がましです。ただ単に、一部道路が規制されていてまっすぐ進めないのです」

「なら沙喜も?」

「ええ。回り込むなりバスを使うなりして接近しているでしょうが…」

『私も車を推奨する。まだ、車の方が圧倒的に早い』

「なら良いけどさ…? じいちゃんから?」


 祖父からかかってきた電話に出る真、奥からは焦ったようするもない声が聞こえてきた。


『今どこじゃ?』

「学校に向かっているところ。海谷グループ本社は? 今オヤジはどうしてる?」

『各方面かとの連携と状況整理中じゃな。あれは少々時間が掛かる。じゃが、教頭の目的が分かったぞ』

「何? 聞きたい」

『教頭が今から一年前にアジア諸国の大富豪相手に取引をしていたっという噂話が出ておってな。その際にウイルスチップを売っていたという話が届いている』

「まさか…ウイルスチップを使った軍事目的へのデモンストレーション?」

『この暴走はそれじゃな。もしこの事態が続けばどうなる?』

「軍や警察が動きますね。いくら説明されても悪化していけば間違いなく。そうすれば戦車やヘリや戦闘機も出てくるでしょう」

『その状態でもし暴走した記憶粒子の影響を受ければ良いデモンストレーションにもなるじゃろう? 暴走した記憶粒子がどれだけ危険なのかはもうお前なら分かるじゃろう? ましてやチップさえゲーム機などに付けておけば人すら暴走させることが出来る』

「遠隔操作で操れる兵器を作ることが出来るわけだ。だから最近ずっと教頭は色々な部活動に顔を出していたのか?」

『そういう事じゃな。一人でも良い被検体を求めていたんじゃろうな。この学校は良くも悪くもARアーマーズを推奨しておる。弱いプレイヤーが強くなれば求める者も多かろう? そうやって広めたんじゃろう』


 学校を下地にしたのもウイルスチップを蒔いても怪しまれないからで、この町を選んだのはこの町でウイルスチップを手に入れたから。


「暴走遠隔でも出来るわけ?」

『無理じゃな。じゃが、専用のデバイスでも作れば罠としては十分じゃな。実際この記憶粒子の暴走は環太平洋連合ではすでに一部で実戦へと調整されておる』

「軍隊ってのは…」

「真様。それは軍からすれば当たり前でしょう。使えるものは確かめておけば対策にもなるのですから」

『警察に説明しておるがイマイチ理解が悪い。軍の方は直ぐに理解したのは一旦介入を辞めたようじゃな。最も最悪はミサイルでも使って阻止するかもしれん』

「ミサイル!? そんなものをぶっ放せば学校にいる生徒はどうなる!?」

『死ぬ。それだけじゃ。最悪の話じゃよ。お前が失敗すればそうするつもりのようじゃな』


 真は舌打ちして学校へと視線を向けると、先ほどより記憶粒子の範囲が広がっているような気がした。

 少しずつではあるが確かに範囲を広げつつある。


『タワーが暴走の中心なのは間違いがないが、ネットワークを使って居るからアクセス先は別じゃ。それこそあの沙喜という女子に任せるしか無かろう』

「じいちゃんはどのレベルで知っていたわけ? 沙喜の事も最初っから?」

『……初めて話しかけてきた時の事は今でも覚えておるよ。必死な瞳をしておったからの。内容自体は子供が思いつくレベルじゃなかったし、興味が無いと言えば嘘になるからの、まあ出来るとはまるで思って居らんかったがな』

「で、研究資金を提供した後は?」

『研究所や病院に任せたわい。のちに軍などにも渡ったようじゃがな。あくまでも最初の出資金が儂というだけで後のことまでは知らんぞ。どちらかと言えばプライベートでの資金定常じゃしな。元が取れるとも思って居らんし、取ろうとも思わなかった』


 あくまでもプライベートと言い切る祖父を疑うが、そもそもそういう人だという事を思い出した。

 昔からプライベートで色々な人に金を貸しているような人なので、今更驚いたりはしない。


「ご主人様のその癖は今更ですが、今後は止められた方が良いでしょう。もしされるのでしたら最悪最後までちゃんとすることです」

「じいちゃんが何処の誰とどんなことをしようと勝手だけどさ…責任は取れよ…黙っていて話にならないけどさ」

『責任は感じておるよ…流石にの…じゃが言い訳になるが、儂もこのレベルのトラブルになるとは思わなかったんじゃよ。話を聞いている限りではそこまでのレベルの問題のある品だとは思わなかったしの』

「いやいや…話を軽く聞いただけでレベルとしてはヤバいって分かるよな?」


 ブーコラ言っている祖父に不満を漏らす真、理亜でも流石に真の意見に同意している。


『お前の読みの甘さは昔っからだが、その年でそんなレベルのトラブルを起こすとは…』

『ヴァイス!? お前まで儂の敵になるか?』

『この状況でお前の味方がいるのか? お前の息子でもお前の敵だぞ』

『あ奴からは既に不満と文句をこれでもかと言われたわ!』

「足りないって話をしているんだよ! 反省しろって! 昔っから何度も何度もそういう軽いことでトラブルばかり!」

「そういえば実家で大火事が起きたのもご主人様が勝手に購入した物を勝手に設置したことが問題でしたね」

「今明かされる衝撃の真実!? おい!」

『何故儂が責められる?』

『お前の責任だからだ。お前の責任に対して皆が反省を求めているんだ。反省しなさい』


 ヴァイスからのとどめの一言を聞いて『はい…』とうなだれるような声が聞こえてきた。

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