記憶粒子の世界 10

 沙喜はふと夜の風を浴びにマンションを飛び出してから近くの陸橋へと足を運んだのまでは良いが、実際何かここに来る理由があったわけじゃない。

 ただ、今日起きた出来事が気になって、考えているうちに思考が纏まらなくなってしまったが故の行動である。

 真と聡が話をしている内容だけはよく理解していたし、噂だけはずっと耳にしていた彼女、だから警戒をしたうえで学校に入学したわけだ。

 あの学校が怪しいと睨んではいたし、その学校に一華が入ると決めた時から自分も行って確かめねばという思いが生まれた。


 かつて脳死対策用治療機器を開発したのは他でもない沙喜自身である。


 身動き一つしなくなった母親に笑っていてほしい、そんな願いで作り上げようとした理論、だが当時子供自分に誰も見向きもしなかった。

 だから、当時病院まで来ていた真の祖父に売り出したのだ。

 無論直ぐに「うん」と言わせることはできなかったわけだが、しかし根気よくお願いしていく内に「だったら…」と言わせることに成功した。

 失敗したらその時だと自らを追い詰めて研究を成功させた沙喜、一時期は有名になりそうになったが、本人は個人的な事情で開発したことで有名になるつもりはなかった。

 その結果真のサポートを頼まれた時は「まあその程度」と思ったものだが、実際やってみると無軌道で一途な恋心を持つ真のサポートは大変だった。

 自分で自分の事を天才とはあまり言いたくないが、それ以上に化け物と呼べる人間がいるとは思いもしなかった。


「あれに恋を抱く一華は大変でしょうね…でも…」


 今日真達と会った時に沙喜への探りを入れられた時、一華が一瞬だけ反応して見せた。

 何かを知っているという顔をしていたわけだが、そこから下手に突っ込んで話を聞けなかった沙喜。

 怖かったという事もあるが、それ以上に自分の事情を一華に話して一華に嫌われることを恐れた。


「なあ…」


 その言葉に反応して声のする方向へと顔を向けると、聡がスポーツジャージ上下を着ている状態で近くに立っていた。

 邪魔だと言いたいわけじゃないだろうと分かっているが、だからと言って聡に対して話す内容を持ち合わせていない沙喜。

 沙喜は「何?」とだけ言って警戒心をあえてむき出しにした。


「何を知っているんだ?」

「何って何よ。私何か言った?」

「とぼけるなよ。お前あの男の事も何か知っていたんじゃないか?」

「はぁ…馬鹿らしい。脳筋な男の事なんて理解もしていないつもりだけど? 何を疑っているのか知らないけどね」

「とぼけるなって言ったんだ。真だってお前の態度で何か隠しているぐらいなら気が付くさ。あの男の症状はもはや普通じゃない。お前があの学校を選んだのは、一華があの学校を指名した後だ。知っていたんじゃないか? あの学校の噂」


 沙喜は心の中で「聡の癖に…」と思いながら大きめのため息を吐き出してから手すりを背にしてから夜空を見上げて懺悔するように語りだす。


「小さい頃から私の母親は何も喋らなかった。喋らない。反応をしない。食べものだって口に無理矢理でも入れないと食べない。それを生きているとは言えなかった。私を産んで直ぐに母は交通事故で脳への損害を受けて脳死状態になってしまった」

「要するに植物人間?」

「ええ。私は話す母を見てみたかった。自分が天才だって分かっていたわけじゃないけど、でもできる手段を講じて私は母ともう一度話をしてみたかった。だから作った記憶粒子を使った治療法。私は研究が終わって直ぐに母親と共に研究の手を切った。私の目的は終わったし、海谷家はあまり興味がある感じじゃなかったし」

「だろうな。治療系統とか」

「最近になってその時開発された装置が色々な人の手を渡ってこの町に帰ってきたと知った。でも、それが何を意味しているのか分からなかった。そんな時だった。小さい大会に参加した一人のゲーマーが急に倒れたと聞いたわ」

「その話は聞いた。幾つかの都市の大会で起きたんだろ?」

「ええ。その人達が皆この町に一度来ていたという事が調べて分かった。そして、怪しい場所を私が目星をつけたのが…」

「あそこか…環太平洋連合大学付属高等学校広島校」

「そういう事。あくまでも私が調べた時は「怪しい」レベルだったけど、一華が入ると分かって本当の意味で調べようと思ったわ」

「どうしてそれを俺や真に言わなかった!?」

「……言えるわけないじゃない。私が作ったものがその辺を渡り歩いて脅威になっている。その脅威が今一華の傍まで行くかもしれない。もしそんなことを真が知ったら、彼はあらゆる権力を行使してでも学校を調べる。そうなれば…」


 沙喜は少し間を持たせて「下手をすれば戦争よ」と言い出した。

 聡は「言いすぎだろ?」とは思うが、一華が絡めばあれはどんなことでもやりかねない気はした。


「どのみち犠牲者が出る選択肢を平気で選ぶ男よ。周囲にいる人間より一華を選べる人間だもの」

「まあ…言いたいことは分かるが。それでも! 何か説明をする余地は幾らでも」

「そうね。結局で私は私以外を信じていないのかもね。こんな状況ですらもね。笑えるとは思わない?」

「何がだ? 俺は何を笑えばいい?」

「正直困っている。一華は多分持っているわ。ウイルスチップを。でもそれを使っているかどうかは分からない。かといって使っていることが分かっても何か手を打てるわけじゃない」

「……どのみち俺と真は明日の授業でそれとなく確かめるつもりだ」

「? ああ…そういえば今日教頭をえらい見たわね…」

「それが何か?」

「あの人。よくない噂を聞くから。なんでも、AR・アーマーズの成績が低い生徒に話しかけて何かをしていたって噂。昨日もいろんな部活動に『何かを売り込んでいた』って。実際にそれを使った開発部が成績を伸ばしているって聞くし」

「おい…それって…」

「そして、一華はゲームが下手。最悪の予想は出来るでしょ?」


 それどころか一華が持っているという疑いを深めてしまった聡。


「使っていないと分からないとヴァイスは言っていた」

「でしょうね。でも、流石に私も見てみないと確信は持てないわ。もし、それが分かるならもう教頭の部屋に入るしかない。でもね…私明日は忙しくなりそうな気がするのよ…」

「? どういう意味だ?」

「分からないわ…確信とかじゃなくて勘かしら? 昔っから自分が黄昏るときは決まって近いうちに何か起きるって」

「嫌な勘の働かせ方だな」

「あんたも気を引き締めたほうが良いわよ。下手をすれば学校全体を巻き込む大騒動になるかも」

「なんで?」

「最近ね。ウイルスチップを大量に売りさばいたっていう噂を聞いたからよ。それにあの学校の施設開発には教頭は随分反対したって聞いたわ。そのうえであの施設を立てるときに何度も中を確かめたいとしつこく食い下がって取り下げられたって聞いたわ」

「嫌な予感どころか…」

「トラブル臭がするでしょ? 流石に一度も入れなかったようだけど。元々あの教頭は一部顧問をしている先生とか研究を担当している先生なんかは折り合いが悪いって聞くし。多分人によってはそうとう嫌っているはずよ」

「その話詳しく聞こうか」


 声の主へと二人が顔を向けるとそこには真とメイドの理亜が立っていた。


「聡と言い少しばかり性格悪くない? そんなに私に対して嫌がらせがしたいのかしら?」

「してほしいのか?」

「やめてほしいわね。でも。私も確信は無いわよ? でも、明日行われる授業の手続きをしているのは教頭で、その教頭は参加する予定の生徒の一部に会っている」

「その中に一華は?」

「知らないわ。流石に全部を把握は出来ないわよ。でも可能性はあるわね。その場合私達とは鉢合わせないでしょう? 私も貴方たちも『優秀』だもの」

「絶対に話をしない対象ではあるでしょう。何かをが策しているのなら間違いなく『落ちこぼれ』と呼ばれるレベルの人間。それも、それを悩んでいる人間です。そういう意味では一華様は間違いなく当たりの分類でしょう」


 真は小さい声で「最悪だな」とだけしか言わなかった。


「しかし、何故明日だ? その授業か?」

「それもあるけど。明らかに教頭の周りが昨日一日だけで結構動き回っているの。学校を回ってみて確信をもった。教頭自身すらいろんな部活動を中心に動いている。あれじゃ警戒もするわよ」

「警察言ったらどうだ?」

「相手をしないだろう? 証拠もないわけだし。全部僕たちの推測だ。信じるとは思えない」

「だよな。じゃあことを起こることを待つしかないのか?」

「起こるならそのまま教頭室へと殴りこむ。どのみち動く可能性が高いな。今日病院に送り込まれた生徒に教頭が関わっているならバレる前に動くと思う」

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