記憶粒子の世界 5
僕としては先生にまた会えてうれしいので先生がどんな困難を乗り越えてもイマイチピンとこないわけなのだが、まあ学校に来れば先生に会えるということを当面のやる気に変換しようと思っていると、結局で先生がゼミを開くのに動画を投稿しなかった理由をきちんとした形では聞いていなかった。
先ほどの話で多分取るチャンスが無かったんだろうけど、ここではきちんと先生の言葉から聞いておきたい。
僕は棚の中からチョコビスケットを取り出す先生の背中をまっすぐに見ながら「そういえば」という言葉を前置きに使ってから、心の奥から出かけた「太るから食べないほうが良い」という言葉を飲み込む。
「先生太るからやめたほうが良い…あっ! 飲み込んだ言葉が出てしまった。それじゃなくて…」
「………もう太っているんだよ」
「言い訳にもならないよ。それより入学式で放送するはずのゼミ紹介動画は忙しくて取れなかったの?」
先生はチョコビスケットを中に入れなおしてから顔をこっちに向けた。
「それもあるけれど。単純に記憶粒子の研究をする気が無かったからね。どんな感じで紹介するか少し考え込んでしまったんだよ。まあ今年は諦めて来年改めて獲得してみるよ」
「? なんで記憶粒子の研究しないわけ?」
「もう私としては記憶粒子の研究には未来が無いと思っているんだ。あれは行くべきところまで行きついた感じがしてね。それも私が大学を辞めようと思った理由なんだけれど。どうにも私の方針と大学の学長の一人との方針が違ってね…」
「じゃあどんな研究をするつもりなの? 記憶粒子以外で先生が担当できる分野ってあったっけ?」
そういえば昔何か別ジャンルの研究もしていたと聞いたことがあるけど、先生の場合興味のあるジャンルしか手を付けないから分からないんだよね。
その都度先生の興味のあるジャンルが違うから困る。
「インコムの研究だよ。正確には完全に記憶粒子の研究を辞めるつもりはなくてね。インコムと記憶粒子を使った新しい可能性を研究したいんだよ。今となっては記憶粒子のタワー端末は小型の一途を辿っているんだよ」
「へぇ~」
『お前はもう少しやる気を見せたらどうだ?』
「やる気ならあるよ。記憶粒子は興味が無いけど、インコムだったら話は別だし」
「そうなんだよ。昔真君が私が話したインコムの話を随分しつこく聞いてくれたからね。私はそれをしっかり覚えていてね。記憶粒子単体には可能性を見いだせなかったけれど、インコムと共になら記憶粒子の世界を広げることが出来るんじゃないかってね」
インコムをじっと見てみる。
腕輪型、携帯型、眼鏡型など様々なタイプが存在しているインコムだが、これは現実拡張技術が勝る前の仮想現実技術が元になり研究された産物だ。
今では通信など日常生活を送るうえで非常に役立っているので特にスポーツ選手なんかは運動する際に体温や脈拍など肉体メンテナンスに使っている人は多い。
実際聡も剣道で使っているはずだし、僕の場合は完全に趣味だけど。
昔っからインコムは本当に好きで自分で組み上げたり、アプリを作ったりしたことも何度もある。
「じゃあ僕先生のゼミ入っていい!? インコム関係なら興味あるし! 生徒が一人でも居れば学内の扱いは違うんじゃない!?」
「良いのかい? 真君は入りたいゼミが他には?」
「無い!」
『強く断言したな。まあ無いだろうが。良いんじゃないのか? ウイルスチップを調べるにしても拠点があると良いしな』
「しかし、困ったな…」
「? なんで?」
『ゼミを本格的に発足させるには生徒が二名以上が必要だ。一人ではゼミとしては機能しない。あと一名必要だ』
「そうなんだよ…真君が入ってくれるならもう一人いるね」
脳裏に沙喜が過ったが、瞬間で排除して見せた。
下手にゼミに居れれば沙喜は警戒心を高めるし、むしろ絶対に入ろうとは思わないだろう。
自発的に入るように促せば話は別だが、まあ無理だろうな。
僕は先生に「じゃあ生徒見つけてくる」と言って一旦退室、建物から出て行ってから適当に歩いていると、別の校舎から沙喜と一華が歩いて出てきた。
「お二人さん。お疲れさん」
「あら? 帰ったと思っていたけど? まだ居たの?」
「真君は何しているの?」
「先生が此処にいるからさ。会いに行っていたんだよ?」
先生という僕の言葉が全く理解できなかったようで、僕はウォン先生が此処で研究室を作ろうとしているということだけ話した。
すると沙喜は「へぇ~」といかにも興味がない反応を見せる。
一華もあまり興味がないようで「ふぅん」と薄い。
「何の話をしていたの?」
「何でも最近違法パッチが流行っているから使わないようにって忠告をね。後、先生のゼミの人数稼ぎに。先生忙して動画を取る余裕がなかったら僕が代理で後一名探し」
「あっそ。私興味ないわ」
沙喜は僕の言う違法パッチという言葉に眉一つ動かさないのでどうにも分かりにくいが、やはり簡単にはぼろを出す気はないようだ。
しかし、この時僕の後ろから聡の声と共に聡は僕の右肩に体重を乗せてきた。
「お揃いじゃん。何しているわけ?」
「偶然会っただけよ。私たちは別の先生のゼミ見学に行くからねぇ」
僕と聡は「行ってらっしゃい」とだけ言って見送るが、聡は二人の姿が完全に見えなくなると「見たか?」と聞いてきた。
「ああ。沙喜の方は無関心だったけど、一華は反応したな。一瞬だけど…なあヴァイス。ウイルスチップを使っているかはわからないのか?」
『過度な使用状態なら精神的な変化で分かるが、軽度だったりすると一般生活では分からない。記憶粒子が散布されている状態なら脳内にバックドアがあるかどうかが分かる』
「なら明日新入生を対象としたオリエンテーションの選択式で行われるARアーマーズの授業に参加したら? あれは試合中は部屋中に記憶粒子が散布されるから分かるはずだけど?」
「でもさ。持ってはいるだけならわからないよな?」
『わからんな。無理だ。使用していることが全体だ。ハッキングの許可があれば今すぐでも調べる。この学校はネットを自動で繋げるように設定されているので、ゲーム機の電源が入っていることが前提だが…』
「そこまでは言わない。じゃあ。明日にでも決行しよう」
「で? 真は何していたわけ?」
僕は聡に二人にした話をそのまますることになったが、聡は聞いているうちに興味が出たのか「俺も参加する!」と言い出した。
なぜそこまで興味を示すのかまるで分らなかった。
「なんでそこまで興味があるわけ? 剣道どうするの?」
「いや。ゼミに入っていれば学校の授業は最低限の参加で良いし、部活動優先されるから俺にはメリットしかないんだよ!」
「すげぇ自分の事しか考えないじゃん」
「どうせ最初の一年は大した研究しないだろ? 人数合わせで人がいるなら俺が入るだけでいいじゃん。勿論研究は手伝うからさ」
なら良いか。
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