記憶粒子の世界 2
勝ったのだからここで大人しく土下座させることが僕の最優先目標となるが、結論だけを言えばそれはできなかったのだ。
何故かと言えば、対戦終了後に相手の操縦席へと向かって土下座させようとしたのだが、操縦席で泡を吹ている姿を見て僕と聡は焦って職員を呼び出した。
男性職員が二人がかりで先輩を引きずり出し、意識が全くないことを確認して救急車を呼ぶこと。
その間僕はインコム越しにヴァイスに「何をしたんだ?」と尋ねることにした。
『私がいの一番に疑われるのは正直心外だな。まあ、意識を失ったのは恐らく私がワクチンをゲーム機を通じて本人の脳みそにインプットしたからだ』
「今恐ろしい単語を聞いたぞ真。こいつ人間へとハッキングしやがった」
「記憶粒子は人体には悪影響はない。そういう話だったはずだ。何時から通説が覆った?」
『勘違いだ。この場合まずはウイルスチップについて話す必要がある。良いか?』
僕達としてはその辺から話さないと理解できないというのなら話してもらおうという話になる。
そもそも、そのウイルスチップの存在がこいつが僕の元へと来たきっかけのはずなのだ。
『ウイルスチップはゲーム機そのものに外部から取り付けることができる簡易チップの事で、記憶粒子が周囲へと散布される際に自らの人体に入り込み、脳みそに疑似器官を作り出す。要するに脳みそに本来は存在しない部分を作り出して機能を増強させる』
「それだけ聞くとあまりメリットが強いとは思えないけどな…俺としては」
「どうだろうな。ゲームに関わらず運動神経などを強化できるなら大きなメリットだと思うけど。だって、下手をすれば素人でもスポーツで勝つことができるかもしれないんだぞ」
『その通り。上限を設けないから肉体が壊れるまで上昇できる。そこはゲームでは無く生身の肉体を強化するわけだからな。自然と壊れることの方が多い』
「でもさ。そもそも疑問なんだけどそれってチートの為に作られたわけじゃないよな? 多分だけどそれは…」
『ああ。脳神経の治療用に開発されていた技術が外部に漏れたからというのがおおよその理由だろう』
脳神経の治療用に作られていた技術が外部に漏れたと聞いた時、僕の脳裏には沙喜の姿が思い浮かんだ。
「そのウイルスチップって要するに人間の脳みそを強化するだけ?」
「それだけじゃないな。それ故のデメリットは『脳みそのバックドアを作ってしまう』という点だろ?」
『その通り。ゲーム機に脳みそを強化してもらうわけだからな。自然と脳セキュリティはガバガバになる。最も戦闘中にしか記憶粒子を原則散布できないからな。だからお前がとどめを刺す瞬間に敵機体を通じて脳内に入り込みワクチンでウイルスを破壊した』
「それでどうして意識が途切れるんだ? イマイチ理解できないんだけど?」
『ウイルスは脳の一部と繋がっている状態だ。そのウイルスを除去するときにどうしても脳神経の一部が焼き切れるんだ。こればかりはどうしようもない。此処で除去しないといずれは脳神経全てを記憶粒子の電磁波のやり取りで破壊していくだけだ』
「?」
「なるほど。記憶粒子は一定の電磁波などで形を変える。常に脳内を電磁波が行き来しているような状態。脳細胞を少しずつ破壊していく。どのみち脳を破壊しないといけないということか」
『そうだ。これはウイルスチップへの依存度でも変わってくる。頻度や使用時間で決まるんじゃない。ウイルスチップをゲーム機に取り付けようと、結局で本人にあらがう気持ちがあれば浸食速度は非常に遅い。だが、気持ちで負けて受け入れていけば自然と浸食速度は速くなっていくんだ』
「要するにチートしてでも勝ちたいとか、もうチートでも良いとか考えるとその分浸食速度が上がるってわけか…」
「でも、それ何時頃流行りだしたんだ? 僕はゲームをしないから知らないけど。三年前からプレイしている聡が知らないってことは最近か?」
『私が調べた限り実際被害が出るようになったのは二年前からだ。日本の東京と大阪、福岡の三か所で行われていた小規模の大会で実際不可思議な動きをする機体が目撃され、のちにそのプレイヤーが日常生活の中で倒れたことで事態が判明した』
「ああ。聞いたことあるわ。ゲームプレイヤーが学校に通っている最中に急に倒れて救急車で運ばれたって」
ゲーム関連の知識は仕入れないようにしているので僕は全く知らないわけなのだが、そんな事件があったのか。
多分見ているとは思うけど、恐らく「ゲームはろくでもない」としか思わなかったんだと思う。
『プレイヤーが何故倒れたのか、体を調べた結果脳神経が焼き切れていることが分かった。一生寝たきりだったり、一人は単純に適合できずに目覚めないままになってしまった。最も後にゲーム機にあったウイルスチップを除去すると意識を取り戻したらしいが、それでも後遺症が残ったと聞いている』
「後遺症。半身不随とか?」
「大きすぎる。もっとマシな後遺症があるだろ。記憶障害とか」
『最初の犠牲者の後遺症は右腕不随だったそうだ。肩から先が全く動かなかったそうだぞ』
「ゲームは出来ないだろうな。少なくともAR・アーマーズは」
「ゲームでチートをしてその罰がゲームができなくなるなら代償はデカかったな。まあ同情はしないけどな。自業自得だとは思うし」
『フム。お前はどうにもチートに厳しいところがあるな』
「あの男はどうなんだ? 依存度は高そうに見えるけど?」
『ウイルスチップは使えば使うほど依存度も増す。いわゆる大麻のような麻薬と一緒だ。一種の興奮状態も引き起こすほど危険な代物。あのレベルで興奮しているのなら間違いなく後遺症があるだろう。運動機能系統に障害か…もしくは記憶関係に障害を持つか…』
どのみち僕はチートを使う人間に同情だけは絶対にしない。
「まあなら入学式に行こう。あとは職員に任せればいいだろう。警察が出所を調べてくれるだろうしな」
『簡単に見つかれば苦労しない。だから困っているんだ。ウイルスチップは現状を持っても出所が分からない。噂程度なら幾つかあるが、どれもパッとしない』
「じゃあ警察がここを調べてもわからないってわけか…ていうかこれって警察沙汰か?」
聡が疑問顔をしながら僕の後をついてくる。
「じゃないのか? まあ、ゲームでチートをしただけと言われるとそれだけだけど…」
『ならないな。被害が被害だけにほっとくわけにもいかないが、現状罪にはならないから警察も動きにくいようだ。このウイルスチップでテロでも起きれば別だが…』
「ゲームでテロ? ゲームへの風評被害が起きるな。全てのゲーマへと即座の謝罪を求めるけど?」
「ゲーム嫌いが?」
『ゲーム嫌いがゲーマの位置につくか? 理解ができないな。ならゲーム嫌いを撤回したらどうだ?』
「好きにしろ。僕はゲーム嫌いを絶対に撤回しない」
建物から出ていき僕は入学式の会場へと向かって歩き出す。
聡がその跡に付いてくるのだが、周りには先ほどまでは居なかった生徒がウロウロしており、入学式が始まろうとしていることを物語っている。
「流石がこのあたりで一番大きな学校だな。入学式に参加する生徒も多い」
「? 全員が新入生じゃ無いだろ? さっきだって一個上の先輩なわけだし。入学式以外にも新入生を勧誘しようとしている部活動の生徒や学校の先生のゼミなんかで学校に来ている生徒もいるだろ?」
『どちらかと言えば後者だな。この学校では一年生の段階からゼミが行われるからな。おそらく入学式の後にあるゼミの紹介動画の最終チェックのための生徒だな。この辺りは正門から入学式の会場までのルートから離れているから新入生は少ない』
「俺達が変わり者ってわけだ」
「ていうかなんで聡がここにいるわけ?」
「今聞くことか? 別に事前に入学する際に剣道部に入ってくれとは言われていたからさ。顧問に挨拶に来ただけだよ。そっちこそやけに早くないか?」
それこそ僕は「別に?」とだけしか答えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます