AR・アーマーズ 7

 小田沙喜と紀一一華の反省会は午後七時頃まで続いて、一華の両親から「そろそろ帰ってきなさい」というメッセージとともに終わりを迎えた。

 一華は帰ってきてから直ぐにシャワーを浴びてから夕食を食べようと思って箸を握ったが、イマイチ食欲が湧いてこなかったので半分程食べてから実質に戻る。

 ベットにダイブしながらため息を吐き出してカバンからAR・アーマーズを取り出す。


「私が下手なくらい分かってるもん。真君に一度だって勝ったこと無いし。でも、認めたくないじゃん。何時まで経っても私の気持ちを伝えられないもん。ずっと後ろにいるような惨めな人間じゃ…ね」


 何か一つ海谷真に勝ちたい。

 そうでないと自分は海谷真に自分の気持ちを伝えることだってできたりしないと出会ってから何度も何度も言い聞かせた。

 紀一一華の両親は昔ゲーム会社で働いていたらしいが、一華が生まれてからは夫婦共働きを辞めて今は父親だけが会社の支店で働いている。

 本当は本社のほうから誘いが来たぐらいだったが、家族のことを優先すると決めた両親に負い目や引け目をどうしても一華は感じてしまう。

 そんな中で支店のロビーで出会った海谷真、面白くなさそうにゲームを見つめていたあの少年に話しかけた時、一華にとってその出会いは『運命』という言葉が非常によく似合った。

 好きなゲームを教えて、その上で負けた。


 その日から一華はずっと頑張り続けてきた。


 ゲームも勉強も運動も頑張り続けてきたが、何をどんな努力を続けていてもまるで勝てる気がしない海谷真という最強の化け物を前に正直最近は心が折れそうだったりする。

 栗色の髪を弄りながら海谷真の言葉を思い出す。


「綺麗な髪だね」


 そう微笑みかけてくれた日のことを彼女はまるで忘れない。

 それまで一華にとって自分の髪は何の取り柄もないもので、今時栗色とか金髪なんて珍しくないのだ。

 パスポート無しでも環太平洋連合内を行き来することができる時代、通貨も円からドルへと変わっても、町や都市の名前が変わっても、沢山の外国人が移住して、沢山の日本人がほかの国へと移り住んでいっても変わらない。

 自分が不器用だと、もっといい方法が何処かにあると分かっていてもそれを実行すれば負けた気になるのだ。


「負けたくないよ…でも……もう勝てないのかな?」


 一筋の涙を流しながらゲームを握りしめると、入学見学会で知り合ったある人からのメッセージに気が付いた。


『入学式に参列した方々へ。現在我が学校では試験的に特殊パッチを運用しています。ぜひお試しくださいませ』

「パッチ。これなら真君より強くなれるかな? 駄目だよね? そんな方法で強くなっても…」


 起き上がりAR・アーマーズを充電器で繋ぎながら明日持っていく学校指定の手提げ式のカバンの隣にそっと置く。

 正直に言えば海谷真が同じ学校だと分かった時はしゃぎ回りたいぐらい嬉しかった。

 だけど、同時に感じる今まで感じてきた劣等感を身近に感じてしまいそうで嫌だった。

 もう一度ベットに体を預けるのだが、イマイチ寝る気にもならないのでただじっとしているだけ。

 いっその事今からでも対戦でもなんて考えてしまうが、同時にあの大敗北を思い出してやる気を失う。

 そうしているとそのパッチが一瞬だけ目に入るが、しかし手を出してはいけないと自らを奮い立たせていると、すっと起き上がった。

 インコムを起動させて『海谷真』の名前を検索、メッセージでも飛ばそうかと思ってキーボードを打つ。

 ずっと引っかかっていたこと、もしかしたらという疑問が存在していた。


「まさか…今日のあれ…真君じゃないよね?」


 本当は負けた時、本当は分かっていた事だった。

 でも認めたくないという気持ちがギリギリでその可能性を否定してしまったのだが、それでも逃げられない感情が一人になってから襲い掛かってくる。

 負けるたびに海谷真に酷く当たり続け、その度に海谷真は辛そうな顔をしているのを目の当たりにする度に心が傷つく。

 でも、一度心の奥から湧きだした怒りを吐き出す以外にすっきりさせる方法がない。

 確かめようと後はメッセージを『送信』ボタンを押すだけ、そのタイミングでそっとそれを消す。


 意味の無いことだ。


 自分にそう言い聞かせる一華はぐっと堪えて内容を消すと再び大きめのため息を吐き出したら、インコムにメッセージがやってきた。

 心の中に「もしかして真君が?」という淡い期待は送り主の名前に『小田沙喜』と書かれていた時点で消え去る。


『明日に備えて早めに寝ておいたほうが良いわよ。寝て忘れなさい』

「ねえ…沙喜ちゃんは気が付いているの? だから私から話題を逸らさせようとしたの? 沙喜ちゃんは私の味方? それとも真君の味方?」


 きっと彼女はこう言うだろう。


『私は両方の味方よ』


 だけどそれを一華は『ずるい』と思ってしまうのだ。

 本当は分かっている。


「私が弱いから私に気にかけてくれるんだよね? 真君は強いから…最強だから傍にいるんだよね? 分かってる。私じゃ逆立ちしても叶わないって…でも好きでいて貰うためには、好きだって言ってもらう為にはね…こうするしかないの」


 情けない自分が海谷真の隣には要らない。

 そういい続けてきた。


(だって真君は何でもできるから、私以外沢山居るんだもん。知っているんだよ。真君に好意を抱いている人が沢山居るって…それを全て断っているって。隣に建てる人以外は良いって事だよね?)


 昔から勝ち負けにこだわる性格をしていると分かっていたが、それが酷くなった理由こそ海谷真にゲームで負けたから。

 運命を感じた相手に負けた。

 それも相手が初めてしたゲームで負けたという気持ちは一華に無理をさせるには十分の原材料だったわけだ。

 一華は沙喜に「分かってる。お休み」とだけ返信してから項垂れながら嘘をついた。


「どうすれば強くなれますか?」


 インコムに尋ねても返事が返ってくるわけじゃないし、何よりも返事を期待しているわけじゃない。

 ただ…つぶやきたいのだ。

 不満を…自分の不甲斐無さを……何時までも…これからも。

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