AR・アーマーズ 5

 新島聡による海谷真の評価を一言で言えば『天才』ではなく『』である。

 単純に才能という点では確かに海谷真は天才といってもいいが、それでもそれを化け物と言わしめてもいいレベルまで高めている理由は、どんな状況でも下せる冷静な判断力である。

 例えば、先ほどを例に出せば、普通自分が繰り出した攻撃がまるで意味をなさなかったとわかり、なお且つ敵が突っ込んでくれば基本焦るものである。

 人間焦れば冷静な判断は難しく、それだけミスが増えるが海谷真はどんな状況でも焦ることはあっても冷静な判断を下すことができるのだ。

 空間認識能力が異常なほど発達している海谷真、そこにどんな時も冷静に状況判断を下すことができるのが質が悪い。

 これが彼を『最強』たらしめているのだ。

 それはこの状況でも決して変わらない、攻勢で断然有利だったはずの状況で敵が意図しない反撃を繰り出した場合多少なりは志向が乱れるものだが、海谷真は一切乱れることなく突っ込んでいく。

 恐ろしいといっても言いほどの判断センスと冷静性、攻勢に出ているはずのこっちがあくまでも怯みそうになる。

 海谷真の機体は左側の腕装甲を縦代わりにして突っ込んできながら、ヒートサーベルは機体の陰に隠す。

 盾にしたことで敵の中心部が見事に守られており、攻撃能力が乏しい新島聡の機体では攻撃を繰り出しても大したダメージにはならない。

 なら回り込めばいいと思い右側に移動しようと背中のバーニアーを吹かせ、機体が浮き始めた瞬間海谷真の機体は速度を上げて突っ込んできた。

 浮き上がっていた機体が後ろへと吹っ飛びそうになり大きくバランスを崩してしまうが、海谷真の攻撃はここで止まらない。

 盾に仕込んでいた拡散弾が今度は胸あたりに炸裂。

 新島聡の機体のHPバーが半分ほどまで消耗し、緑色だったHPバーは黄色へと変わり果てた。


(まずい! この距離感はまずい! だけど一旦距離をとるのは駄目だ。上だ!)


 新島聡は機体を大きく浮かび上がらせて上を取ろうとしたその瞬間、海谷真の機体も同時に跳躍し飛び上がる。

 しかし、拡散弾が着弾したときに距離ができた分だけまだ逃げ切れる余裕が生まれている新島聡の機体、そんな時でも海谷真の機体は左腕装甲をまっすぐに新島聡の機体に向けている。


(!? なんでまだ向ける。距離はある。この距離で拡散弾を打ってもさしてダメージにはならないはずだ。なにをする気だ!?)


 思考をフル回転したその時だった。

 海谷真の機体の左腕装甲から一本のワイヤーがまっすぐ新島聡の機体をとらえたのだ。

 思考で(捕まった!)という焦りがやってきたが、それを無理矢理自分の元まで引っ張る海谷真の機体。

 重みがある分だけ引っ張られてしまった機体は軽めの衝撃で画面が揺れる。

 画面いっぱいに海谷真の機体の頭部にあるツインアイカメラが映し出され、海谷真の機体はヒートサーベルを取り出した。

 相打ち覚悟でこっちも攻撃を繰り出すしかないと腰から二本目の剣を取り出して上から胸へと向かって突き刺そうとしたその瞬間、海谷真は機体のバーニアーを止める。


 海谷真の機体は


 このまま落ちれば間違いなく自然落下でダメージを受けるし、最悪一定時間の間バーニアーの使用を封じられるかもしれない。

 それでも、海谷真は勝つためにバーニアーを止めて、下に落下していきながらヒートサーベルを下から上へと突き刺した。

 海谷真の機体の上から微かに剣が突き刺さるが、それ以上のダメージが新島聡の機体を襲った。

 薄い装甲に軽すぎるフレームには防御力などあるはずがなく、下から機体の重要部である胴体をやられたのだ。

 HPバーが一瞬で危険ゾーンである赤を声で吹っ飛んでいった。


(これだよ…これだから真は)


 これが素人の動き方なのだと言い聞かせるしかない。

 これがランクマッチなら下手をしたらCランクまで落ちかねない大敗北である。


(あの状況で常に攻撃を繰り出せるあいつがおかしいんだ。あの状況でバーニアーを止めて下から攻撃とかなんで考えられるんだよ)


 新島聡は大きめのため息を吐き出してからゲーム機を下に置いた。


「あれが素人の戦い方か? お前相も変わらず頭がおかしい戦い方をするよな」

「? そう? 普通だと思うけど」

「あれが普通ね…お前さ。Bランクに勝ったっていう自覚あるわけ?」

「? 流石にあれが本気だったわけじゃないでしょ? え? 本気じゃないよね?」


 新島聡の心が傷ついた瞬間だった。


『海谷真に足りないのは他者への配慮だな。君は普段からそうやって天然で人を煽るのかね?』

「まさかだよ…」

「その通りだよ。お前が一華を煽らなければあんな感じで拗れることもないんだぜ」

「? 僕は何もしていませんが?」


 海谷真は本当に何を言っているのか分からないという顔をする海谷真を見て大きく、大きくため息を吐き出した新島聡。


「この調子だよ」

(確かに元々一華自身が異常なほど勝利にこだわる部分があるのは確かだが、それに加えてこいつが煽るから。しかも、本人が気が付かないから余計に質が悪い。相性が悪いんだよな…)

「学校で一華に会うときにこんな調子で大丈夫なのか? また二年前の時みたいな大喧嘩勘弁だぞ」

『二年前の大喧嘩の内容を求める』

「くだらないことだって。簡単なトランプで遊んでいたら、真の奴が馬鹿みたいに勝つから一華の奴がふてくされてさ。したらこいつ煽るから…それも本人が気が付かないレベルでさ。すると一華は案の定起こって再戦を望むし、俺たちが嫌がったらキレるし」

「? 僕は当然当たり前のことを言っただけだけど?」

「それが困るって話なんだよな」


 本人に自覚が無い分だけ厄介だと新島聡は腕を組んで考え込んだ。

 しかし、それ以上に煽るとかそういう問題ではなく、新島聡はショックだったのだ。

 別段ARアーマーズに本腰を入れていたわけじゃないし、剣道の合間を縫って友達を遊ぶ程度のゲームだったが、それでも才能があったのか三年でBランクまで上がれる程度には頑張った。

 腕前が異常なほど良いわけではないが、それでも部内では一番強かったが今日海谷真にコテンパンにされたという真実がジワジワと心を削っていく。

 ゲームなどにとらわれず海谷真は勝負事には非常に強く、運動神経も普通にあるのである程度慣れてしまえば人並程度にはできてしまう。

 実際海谷真は中学入学時に各部活動を体験入部して回った結果ついたあだ名が『部活荒らし』である。

 特にひどかったのは剣道部と柔道部と空手部だったらしい。

 三年生達をコテンパンにしてから「飽きた」と言って去っていく、相手を負かして煽るのだから質が悪いが、その上家柄家柄なので下手にちょっかいをかけるわけにもいかないし、何より空間認識能力が異常なレベルで高い彼には通用しない。

 噂では闇討ちを決行した三年生が総じて学校をやめて海外の山奥に追いやられたなどという噂まであるのだ。

 無論噂だけで、本人がそんなことをしたわけではなく、単に心折れて部活を辞めたというだけの話である。

 それでも三年生を引退にまで追い込んだ彼を、そして教職員を追い詰めた海谷真は一か月で中学を掌握したが、本人は卒業するまで気が付かなった。

 それを更に悪化させたのが沙喜である。

 小田沙喜おださき

 新島聡は彼女が苦手だった。

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