第8話

真琴が手を振ると、香織が既に喫茶店で座っていた。


友人の香織と待ち合わせする時は、いつもの所と言えばこの喫茶を指す。



少し古いデザインの狭いソファーに二人で座り、まだ女友達が来る時はどちらかの横に座るのがお決まりだった。



古い老夫婦がやっている喫茶店、そこでこれまたお決まりの様に真琴の前にはアイスブラックコーヒーとホットケーキの皿が鎮座していた。




「山岸さん、こっちこっち」



そう言って、いつもの様に手を振る真琴を見つけ香織が溜息をついた。



「あんたは元気ねぇ、今日は外三十八度よ?。汗でメイクが~、ってそれは良いわ。後で、席外してなおしてくる。それで、相談があるって早速失恋でもしたわけ?」



真琴がきいてよぉ、と情けない声を出した。



「失恋はしてないけど、それよりもさ前みたいに穴場で行くとこ知らない?」



香織が、左手で顔を覆ってさらに深い深いため息をつく。



「アンタ、そう言えばボウリング行くって言ってたわよね」


「潰れてました」


即答で返されて、香織の眼が点になる。


それで、少し足を延ばしてポニー乗り場に行ってみたんだけど。そこも潰れてましたと聞いて香織が目頭をもみながら疲れた表情で言った。



「馬は、自分ちで乗りなさいよ」


「現地で思い出して、和弥君と一緒にクソでか溜息をついて帰ってきました」



香織が再び、人生に疲れた老婆の様な表情で言った。




「全く、アンタ達二人は何にも進歩してないわね」



全く、似た者同士なんだから。



「そういえば、香織さ。化粧水変えた?」


その真琴の台詞に、香織が机に突っ伏した。



「なんで、そういう所は気づくのに。アンタは、いっつもそうなのよ」



「気がつかなかったら、気がつかなかったで怒るじゃない」



この前も、アクセサリ新しくしたことを言わなかったらぷりぷりしてた癖に。


そういうと、アイスコーヒーに口を付けた。




「そういう、アンタはいっつもキャンプ行くような服ね。私以外の、女友達と会う時はちゃんとしてくるのに」



ちゃんとすると面倒なのよと輝く様な笑顔をする真琴に、更に香織の心労が重なった。




「そんで、遊ぶ場所私に聞きたいって?温泉とかホテルとか一杯あるでしょうが。それか、アンタは小野寺の一人娘なんだから。実家にいって、遊ぶ場所から来てもらえばいいじゃないの。小動物の移動動物園とか、小型水槽を並べた移動水族館とか」



「香織、質問。動物園って呼べるの?」



きょとんとした顔で、真琴が聞いて来たのを香織は不覚にも小動物の餌クレ顔と被って見えた。



「呼べるわよ、場所とお金がかかるけど。その気になれば、サーカスだって呼べるわよ。クソみたいな高い費用と、広い土地がなければ無理だけど」



「かおり~、うちは土地はアホみたいにあるけど。お金は、ノーマネーなのよ?」



そういって、財布を逆さにして振る様なジェスチャーをした。




「あのねぇ、それか旅行代理店かどっかいってパックツアーでも探せば?」



「一番近い所が、駅前なんですけど」



「遠出して、何にもないより駅前の方がマシでしょうが」



「駅前に行くと、凄いじろじろ見られるから嫌なんですけど」



「アンタねぇ~、自分の容姿見て言いなさいよ。大体、前に聞いた時に私が一番びっくりしたのが。特に出かける時以外で、手入れ何かしたことないって聞いて。アンタんちの部屋で見せてもらったのが。本当に、最低限の肌の手入れの薬液だけが百均とコンビニで仕入れてたのを見た時だったのよ?」


「え?だって一々面倒じゃない」


「その面倒なのを私とかは、頑張ってやってんの」




今にも、机を叩きそうな剣幕で香織が怒る。



「頑張ると疲れちゃうよ、ゆる~くいこ?」


「はぁ~、本当羨ましいわ」


そういって、深く椅子に腰かけたタイミングで来た時に頼んだパフェが来た。



「香織、いつもそれよね。ストロベリーパフェの大き目。私も同じものを毎回頼んで、このコンセントの抜かれたゲーム機のテーブルで私達二人でこうして下らない話をしながら過ごすの」



そこで初めて、香織の服を見た。

今日は、薄い水色のブラウスと紺のロングスカート。


「何よ、急にじっと見て」



パフェを口に運ぶスプーンを置いて、真琴に尋ねた。



「そのブラウス、通販の特売品よね?」


「うっ、しょうがないじゃない。可愛くて、ずっと狙ってたのよ」


「中に着る香織は、もう可愛いを卒業してますが」


「喧嘩売ってんのアンタ?、高く買うわよ」


「可愛いってより、香織は綺麗だなと思ってね。いつも、色んな所に気を配って。いつも色んな服を着て、私なんかよりずっと綺麗。なんで、香織の方をじろじろみないのかなって私はそう思う」



それを聞いて、香織が眼を丸くした。


「そりゃ、真に遺憾で残念ながら世間一般の認識ではアンタの方がずっと綺麗だからよ。服にもコスメにも、女としての常識にさえ無頓着なアンタはあのおばさんの血をひいてるだけあって凄く可愛い見た目してるもの」


(中身は全然だけどね)


という言葉は、飲み込んだ。



「私はじろじろ見られたくないから、香織の方が良かったかな」

「私は苦労を知らない、真琴の方が凄く良く見えるわ」


(昔っから、そうだけど)



そういって、二人で苦笑した。



「「無いモノねだりは、変わらないね」」

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