第4話
今日も、真琴の母である和江は微笑みながら農作業をしていた。
真琴は母親似だけあって、和江は実年齢よりも十五は下にみられる見た目をしているが農作業しながら微笑み続けられるというのは体力お化けでなくば出来る事ではない。
「母さん、ただいま~」
その声でゆっくりと和江が体を起こしてそちらをみた。
「真琴ちゃん、おかえり。梨が冷えてるわ、手を洗ってから食べるのよ」
流石に子供ではないので、真琴も苦笑しながら母親に手を振った。
そういって、家の中に入っていき。手を洗い、冷蔵庫を開け梨を回収すると自身の部屋にはいった瞬間に顔と膝が砕けた。
「あぁぁぁぁぁ!」
出来るだけ声を出さない様に、梨を机の上に置いた瞬間顔を真っ赤にしながら悶え。
「和弥が彼女が欲しいなぁんて口走るから、私も彼氏が欲しいなぁとか口走っちゃったじゃないのよ~」
どうしよう、どうしようと顔を押さえ。
「結局、なし崩し的に関係を始めちゃったけどどうすればいいの」
と部屋の中で自問自答し始め、更に自分の世界に突入していく。
「そりゃ、和弥は昔からずっと隣に居たし。笑顔がステキだし、私の無茶ぶりにもなんだかんだ言って付き合ってくれるけど」
そういって、きられた梨の一つを口にほおりこむと甘さが広がった。
「それにしても、告白の仕方ってものがあるでしょうが。流されたり断られたりしたら次からどんな顔して会う気だったのよ私は」
この夏の暑さで、二人ともぼーっとしていたとはいえ。やってしまった感は、否めない。
「昔から好きだったし、和弥が彼氏だったら良いなと思った事は一度や二度じゃないけど。だからって、あれは無いでしょうが」
頭を抱えて、顔を真っ赤にしながら昔の事を思い出した。
「和弥を始めて意識したのは、一緒に川釣りに行った時だっけ」
その時は二人ともオケラで、帰り道に風雨にさらされて。
確か私は、途中から力が入らなくてずっと和弥がおぶって帰ってきてくれた。
「背中、おっきかったな…」
勿論、昔の事で当然二人とも子供だった時の事。
今でも、時々思い出す。
「結局、その後二人して風邪ひいて。しばらく、釣りは禁止になったんだっけ」
二人はその頃小学生で、二人ともズボンにシャツで出かけていった。
もちろん、背負うと言っても立って歩けるわけもなく。
背を借りて二人で体をひきずりながら、帰って来ただけ。
強風で、二人で空き缶みたいに転がって。
カメよりも遅く、二人で励まし合って帰って来た。
「あの時からだっけ、こんなしょうもない事がずっと続けばいいのにって思い始めたのは」
風邪が治って、また二人で再開した時の台詞は傑作だったけど。
「釣り、禁止になった。なんか、ごめん」だもん、私の所もよって言って二人でしょげたっけ。
何にも変わらないまま、ずっと時間だけが過ぎてったけど。
私は素直じゃないから、ずっと言えずにいた。
だから、あんな言葉が口をついたのね。
それとも、ずっとこの想いに自分で気づかずにいたのか。
「ばかねぇ、気づかなければ良かったのに。そうすれば、ずっと友達でいられたのに」
本当、お前が彼女とかちょっと~とか言われたらどうするつもりだったのよ私は。
なるべく、変わらないまま来た。
なるべく、変えないまま来た。
小さく息を整えて、胸に手を当て。
部屋に置いてある鏡をチラ見して、思わずため息をついた。
「自分の顔見て、言えよ…か」
和弥が、私に文句を言う時に出る言葉だ。
「毎日見てるわよ、全くもう。明るい肌にするのも、楽じゃないのよ?」
そういって、視線を梨に戻す。
「次の休日も、楽しいものでありますように」
居心地のいい場所が、無くなるのは辛いから。
振られなくて良かった、そんな気持ちよりも。
変な事いって、ギクシャクするのが怖かった。
「本当は向こうから、なんてのが理想だったのだけど」
そういって、残りの梨を口にほおりこむ。
「シャワーでも浴びよ」
ここに、座って居たら変な事考えそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます