第13話 人が来ない部屋に来客
――ピンポン、ピンポン。
自宅のインターホンの音で寝落ちから目を覚ます。
宅急便だろうか? 何か注文した覚えはないけど忘れているだけかもしれない。ここは自宅兼職場でもあるが、打ち合わせはいつもどこかの店を利用している。客が来ることはない。
慌てて体を起こして寝ぼけ頭のままインターホンの画面を覗き、そこに写っている人物を見て冷や汗が流れた。壁にかかっているカレンダーを見て、つい先日あの依頼の完成品を諒宛に発送したのを思い出した。
画面の中には諒がいた。
「……はい」
「あ、こんにちは。セノの家だよね?」
諒がカメラに向かって手を振っている。
「あってる……。今、外出る準備するから、悪いけど少し待ってて」
「え? あぁ、もしかして散らかってる? そんなの今に限ったことじゃないから気にしないでいいよ」
耳が痛い。諒に住所を教えたことをすっかり忘れていた。当然、部屋なんか片付いちゃいない。ゴミ捨てや洗い物に洗濯と、最低限生きていくために必要なことはしているものの、仕事道具やその他諸々がそこら中に広がっていた。
渋々ドアをあけると普段通りの諒が顔を出す。
「あ、寝てた? ごめんね。連絡出来なかったし、プライベートの用で仕事の電話にかけるのもどうかと思ったからさ。直接来た」
諒をブロックしたまま解除していなかったことも思い出して気まずさが増した。
「うん。それは俺が悪かった。ごめん。あー……とりあえずどうぞ」
部屋をふりかえってみるが、住人以外の人間が足を踏み入れることの出来る状態ではなかった。かろうじて空いていたソファを指差すと、諒は「相変わらずだね」と笑った。
「コーヒーで良い?」
「お構いなく」
せめてローテーブルは使えるようにしようと、上にある物をどけて綺麗な布巾で拭き上げた。ソファに座る諒にコーヒーを差し出す。
「なぁ。来て早々悪いけど、シャワー浴びてきていい?」
「あぁ。いいよ。コーヒー飲みながら待ってる」
「ん。ゆっくりしてて」
自分でそう言ってすぐ、この部屋の状態でのんびり出来るわけがないと思ったが、諒の言葉に甘えて浴室に向かった。
シャワーに打たれながら、あの撮影の日から今日まで考えていたことを整理した。
まず俺は謝らなければいけない。勝手に音信不通になったこと、そしてずっと気持ちを言わずに隠していたこと。
高校時代、諒に彼女が途切れなかったと言っても、三日から一週間くらい、フリーになる瞬間はあった。その時にダメ元で告白していれば、互いにここまで拗れなかったかもしれない。
再会した時に俺がもっと自分の話をしていたら、家族の話題を出した時の諒の反応に、もう少し自分から踏み込んで話していたら、きついこと言ってごめんと謝る事が出来ていたら。
考えれば考えるほど、今まで逃げてきたいくつもの行動が後悔となって頭によぎる。全部この方が良いと思って選択してきたつもりでも、結局一人で決めるのは俺の悪い癖だった。
告白をしなかったのも怖かったからだ。
どうでも良い人間に嫌われるのは何とも思わない。でもあの楽しい時間を一緒に過ごした諒が、自分の事を嫌悪の目で見るのを想像すると耐えられなかった。臆病になって逃げて、それが原因で拗れて何度も諒を傷つけた。
そこまで考えて一旦、ネガティブの雪崩を止めるように一度大きく息を吐き出した。
「臆病にだってなる……」
今更後悔しても仕方がないのだ。何よりこのままでは諒が待っている部屋へ戻ることが出来ない。
少し長くなってしまったシャワーの後、体と髪の毛を軽く拭いてリビングに戻ると、ソファにいたはずの諒がいなかった。
机にあるコーヒーを入れたカップは空になっている。トイレにいるかと思ったが誰かが入っている気配はなく、玄関に行くとそこにあるのは自分の靴だけだった。
自分の靴しかない玄関を見て、妙に気持ちが落ち着かなかった。
諒は外に出掛けたのだろうか。
散々突き放したくせに、今になって諒がいなくなったんじゃないかと不安になるなんて。俺はどれだけわがままなんだろう。落ち着かない気持ちを誤魔化すために、テレビをつけた。
少ししてドアのガチャっという音がすると、すぐに玄関へ走った。
そこには買い物袋を手からさげた諒が靴を脱いでいた。
「コンビニ?」
「そう、出る前に鍵借りようと思って声かけたんだけどさ。聞こえてなかったみたいだから勝手にいったよ」
そうなのか。考え事をしていたせいで全然気がつかなかった。
「セノの髪、濡れたまんま。早く乾かしてきなよ」
すっかり忘れていた。
ドライヤーで髪を乾かして戻ると、ローテーブルには食べ物があった。
「俺もお腹空いたし買ってきた。セノはまた痩せてるし、ろくな食生活を送っていないの確定だな」
「ありがとう……」
呆れながら苦笑いをする諒は、自身も本当にお腹がすいていたようでがっつり中身の詰まった弁当を食べている。俺も仕事中に食事はとっていたが、やはり自分で思うよりやつれているのだろうか。
あまり意識していなかったが腹は減っていたようで、諒が買ってきてくれたご飯を一口胃に入れるとなんだかとても落ち着いた――今ならちゃんと言えるかもしれない。
「あのさ、拒否したの」
「あぁ……。あれ、さすがに二回目はショック大きかったね」
最後まで言う前に諒が低く溢す。顔は沈んでいて、そこから仄かな怒りすら感じる。
それはそうだ。怒られても仕方がないとわかっていても、気まずい思いで落ち着いたはずの胃が再び重くなる。
「本当に悪かった。まさか仕事の依頼装って連絡してくるとは思わなかった」
「それだよ」
「ん?」
「あの撮影の日、家に帰って一日を振り返って、俺がどれだけ恥ずかしかったと思う」
「あぁ……。まぁ、そうだよな」
顔を手で覆う諒に驚きながら、とりあえず話を聞く。
恥ずかしかったと言われても――いきなりあんな茶番を始めたのは諒だし、恥ずかしかったのは俺も同じだ。色々腑に落ちず突っ込みたかったが、とりあえず口に出さずに全て飲み込んだ。
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