第14話 そこにいる

「本当さ、あんな嘘つかなきゃ良かった。俺、いっつもセノといる時は、変な気遣いをしなくても良いし、心地良かったんだよ。何でも話せた相手に嘘つくのが、こんなに辛いなんて思わなかった」


 諒はあの日のように顔をゆがめた。演技をしていたあの日より、ずっと辛そうに。


「家族の話題になると、一瞬気まずい顔してたよな。俺もそこで話を聞けば良かったって、今なら思う。あの時はそこまで良い人になれなかった」

「良い人?」

「あぁ。だって俺、諒の結婚を素直に喜べなかったから。相談に乗るなんて、とてもじゃないけど無理だった。まさか離婚しているなんて思わなかったけど」

「嘘ついてごめん」

「いーよ。俺もずっと逃げてたから。……いつも何にも言わないで、すぐにいなくなってごめん」

「逃げる?」


 諒は何も疑問に思っていないようだ。俺の気持ちは今まで隠し通せていたのだろうか。


「高校卒業の時も、あのバーで久しぶりに諒に会って家に泊まった時も、俺は自分の話をしなかった。俺が壁作らなかったら、諒はもっと話しやすかったと思う。でも本音ばれるのが怖かった。本音を言って諒に嫌われるのが。人に嫌われるのが怖いなんて、そんなこと思ったのは諒が初めてだ」

「……セノ」

「昔から、お前といるのは楽しかった。けど、楽しいのに、ずっと苦しかった。……俺、諒の事ずっと好きだったよ。けどそれ言って諒に気持ち悪いってひかれるのが怖かった。だから俺はお前の前から逃げたんだ。ごめんな」


 あの撮影の日から、今度こそは自分の気持ちをちゃんと伝えようと決めていた。それなのに緊張で声が震えてしまう。諒の目を見て話すなんて、とてもじゃないが出来なかった。

 きっと今更、俺の気持ちに嫌悪したりなんかしない。それがわかっていても、長年言わずにいた気持ちを口に出すのは怖かった。


「セノ、ちょっとごめん」

「ん?」


 俺が隣にいる諒を振り返ると同時に体が傾いた。そして自分の視界が暗くなる。

 早くなっている鼓動、深呼吸して心を落ち着けようとする息遣いを直に感じて、やっと、諒が自分の体を抱き寄せた事に気がついた。


「はー、落ち着く。……俺、本当にずっとわからなかったんだ」


 ずっと触れたかった体温に体を預けながら、ゆっくり話す諒の話に耳を傾けた。


「同性愛は知ってた。けど、自分が男の人を好きになるなんて思っていなかったから、セノの隣が居心地良かった理由もずっとわからなかった」


 諒の俺を抱き締める腕に力がこもる。


「でも、もうわかったから。俺もセノが好き。……セノは? 好きだったって、もう過去形?」


 諒の体温に包まれて、本当にそこにいるのだと実感する。その優しい声色に心が解れていく。

 もう隠さなくていい。それがわかった途端、ずっと緊張していた体からも、力が抜けていった。


「違う、過去形じゃない……。今も好きだ」


 やっと伝えられた。

 

 自分を包む諒の腕に力がこもる。そして、苦しいくらいに締め付ける。けどその腕の中に自分がいると思うと、嬉しかった。

 諒が自分に触れてくれた時に、もう俺は、嬉しいと思っても隠さなくていい。

 一番伝えたい本音を言えなかった。そんな今までがずっと苦しかった。

 高校時代に告白していれば、悲しい思いをしても諦めることが出来たのかもしれない。でも、あの時に当たって砕けていたら、きっとこうして諒と付き合うことはなかった。

 ずっと片思いを、諦めきれない事を、駄目なことだと思っていた。今は諒が、そんなことないと包んでくれているようで、俺はしばらく腕の中から、その体温から離れられなかった。


 その日、俺と諒は外に出掛けて、互いの部屋の鍵を作って交換した。

 俺の家はこの通り、人がきても何か出来る部屋ではない。それでも諒は「セノさえいれば居心地は関係ない」と喜んでくれた。

 

 諒と付き合い始めてからも、俺は仕事に追われる日々を送っている。そんな中変わったのは、仕事中のBGMが諒の話し声になった事だ。

 何年も自分以外の人間が入らなかったこの部屋に、諒はよく遊びに来てくれる。頻繁に来てくれる諒に失礼な気がして、俺は何度か部屋の片付けを試みた――が、結局捗らず、諒本人からも「その時間が勿体ないよ、睡眠に充てた方が良い」と言われてしまった。

 申し訳ないと思いつつも、自分の行動を大きく変えなくても良いのは助かっていた。

 余裕がある時は二人で遊びに行くようになって、俺も以前に比べれば外に出ている。諒と出掛ける時間は、たとえ人が多い場所でも楽しかった。

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