第12話 写真撮影㈡

「俺はその友達といるのが凄く楽で、楽しかったんです。今日みたいに写真を撮ってよく遊んでいました」

「へぇ。変わった遊びですね」


 何で自分の過去を他人のように聞かなくてはいけないのだろう。恥ずかしい。何の罰だ。段々この茶番に疲れてきたが、これも仕事だ、と自分に言い聞かせた。


「そうでしょ。でもその友達、俺が馬鹿なことをしてもひいたりしなくて、面白いって写真に残してくれるんです。本当に楽しかった」


 そう話した後、諒の表情が変わった。

 夜の風のような冷やかさを含んでいる、その表情を写真に収める。

 俺はこの諒の表情が好きだった。諒が頭の中で真剣に何かを選んでいる時にする表情だ。高校生の時なら、部活のサッカーで誰かにパスをする前の一瞬、後は滅多にないが誰かに怒っている時。次に話すのはどんな言葉にしようか選んでいた時もこんな顔をしていた。一切嘘を含んでいない素の諒だ。


「ずっとその時間が続くと思っていたんですよね。それが卒業と一緒に終わってしまいました。写真が本当に好きなその人は勉強のために都内へ出てしまいました」

「そうなんですね」

「少し考えればわかることでした。それでもやっぱりショックで、その後すぐ連絡手段も無くなってしまいましたし」


 耳が痛くてへぇっと曖昧な相槌しか返せなかった。俺がもっと人付き合いの得意な性格なら、諒が傷つかない方法を選べたのだろうか。


「その後、俺は結婚したんです。その友達は式にも来てくれませんでした。でも、それは正直ほっとしました」

「なぜですか?」

「その人が式に来たらきっと写真を撮ってくれた。でもその人が写真を撮ると、いつも俺の正直な姿を映してしまう」


 あえて言葉を曖昧にしながら話しているが、これから始まるのは俺の知らない諒の話だろう。


「俺の悪い癖ですね。結婚してからも、こんな俺が好きなんだろうな、こんな夫の姿を求めているんだろうなってわかったら、そうした。苦痛はなかったし、それで上手くいっていました。けど付き合っている最中もずっと、結婚式の途中ですら、どこか違和感と浮かない気持ちが消えませんでした。みんなが祝福してくれるのに、新郎が浮かない表情で写真に写ってしまったら困るでしょう」


 自嘲気味に笑う諒を写真に収める。

 そう、諒はそんな一面がある。まるきり自分を隠しているわけじゃないけど、どこか演じているような。

 俺は諒が素の姿を見せてくれるのが嬉しかったし、たくさん写真に残したかった。結婚の知らせを聞いた時はもちろんショックだった。しかし諒にも本音で話せる相手が出来たのだと、僅かに安心したのも確かだ。


「もう会うことはなくても、俺は友達の事がずっと頭から離れなかった。最初はそれがなぜなのかわからなかった。けど少しずつ理由がわかってきました。それでも確信といえるほどではなくて」


 真剣に話す諒にシャッターを切るスピードが早くなる。


「だから確かめたかったんです。ちょうどその頃、都内に住む昔の知り合いからアパレルメーカーを立ち上げると連絡がきました。モデルの協力を頼まれて、俺は二つ返事で引き受けました。都内に行けば、もしかしたらその友達に会えるかもしれないなんて思って。都会なんて人だらけなのに無謀ですよね」


 言葉の間には海の音とシャッター音だけが響く。もう俺は相槌の言葉を返さなかった。

 そして諒はさらに言葉を続けた。


「驚いたことに会えたんですよね。けど俺の悪い癖が出ました」

「悪い癖、ですか?」

「そうです。久しぶりに会った友達が、俺の現状を知ったらどう思うかを気にしてしまった。それでも何回か会って話すうちに、友達が俺の頭から離れない理由がはっきりしてきました。そして友達が別の人といるところを目の当たりにして、嫌というほど自覚した。でも、その悪い癖のせいで、どうにも出来ませんでした」


 諒の声から伝わる僅かな怒り、その矛先は諒自身だろうか。


「俺はどうにも出来ないまま、でも自分の気持ちを隠すことも出来なくて半端なことを言ってしまった。友達は怒ってまた連絡が取れなくなりました。都内まで出てきたのに大失敗です。でも、言えないでしょう。好きだから他の人のところには行かないでくれなんて。その人にとって俺は既婚者ですから」

「……そう、ですね」


 一体どういうことだろう。俺は諒の言葉に引っかかりを覚えて、僅かに顔を顰めてしまった。


「気の置けない相手を見つけて幸せに暮らしている。そう思っている相手に『心ここにあらずの結婚生活を続ける事むなしくて、耐えきれなくなって離婚した』なんか言えなかった。最初に素直に言えば良かったのに、そんな我儘な理由で離婚したなんて知って、その人が自分に失望したらと思うと怖くなって嘘をつきました」



 俺の指は震えもせずにシャッターを切っていた。それは体がこれは仕事だと認識していたからだ。これが仕事で本当に良かったと思う。カメラを構えていなければ、俺は今、諒の顔をまともに見ることが出来なかっただろう。

 諒は決定的なことを何も言っていない。けれど言わなくてもまるで本音が伝わってくるようだった。


「また友達と連絡が取れなくなって、すぐに後悔しました。何のために都内まで来たのかと、怒りさえわいてきた。このままでは終わりたくありませんでした。だから俺は今回の事を決めたんです。普段の格好悪い自分も人目に晒せるようになろうと思って」


 全く何がオーディションだ。諒は無理やり締めたが、途中から全く関係ないじゃないか。

 自分で話していて恥ずかしくなったのか、諒は顔をゆがめて何ともいえない複雑な表情のまま目をそらしているから俺はそんな諒もしっかり写真に収めながら、心の中で苦笑いした。

 そして俺は動揺を隠すように精一杯の営業スマイルを作った。


「頑張ってください。今日撮った写真が、まことさんの合格の力になれたら幸いです」


 撮影が終わってパソコンを開くと、諒に写真の選別を頼んだ。この時間は相手が気を使わないように少し離れたところで待機する。ポートレート撮影ではいつもの流れだ。

 諒が写真を選び終わると、代金の受け取りをして今後の流れを説明した。そして、印刷した明細、写真とデータが自宅に届く目安を書いた紙なんかをまとめた封筒を渡した。


「あれ、これは……?」


 諒が封筒をあけて中身を確認しながら見ているのは、恐らく俺が忍ばせた名刺サイズの紙だろう。


「あぁ、合格祈願の御守りです。頑張ってください」


 多分、今日一番の棒読み演技だった。名刺サイズの紙に書いたのは自分の住所だ。今まで諒の家には行ったが、自分の家には一切呼んでいないし、具体的な住所も教えていなかった。


「それでは、本日はありがとうございました。お疲れ様です」


 俺と諒は挨拶を交わすとその場で解散した。

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