第7話

 同じ下りの電車に乗るということで、帰りは柚樹ゆずき河野こうの小南こなみの三人と一緒になった。同じ中学出身とだけあって、最寄り駅は三人とも同じ下大利しもおおり駅らしい。俺は二駅前の春日原かすがばる駅で降りる。

「結局どうするんだ?」そう尋ねてきたのは河野だ。

「どうって?」

 そう茶化すと、河野は苛立ったように言った。

「決まってるだろう。野球部に入るかどうかだ。結局どうするんだ」

 俺は河野の目を見て言った。「入るよ」そして、続ける。「悪い、前はああ言ったけどさ、俺も甲子園目指したくなった」

 全員に問いかける。

「それでもいいか?」

 河野はため息をついた。柚樹はにやりと笑った。そして小南は口角を上げて、手を差し出しながら言った。

「ああ。頼むぜ、ハル!」


 そのあと、家に帰ってから俺は頭を悩ませる。

 野球をもう一度始めるということを、伝えなければならない人物が二人いる。ひとりは相木稜人あいきいつひと。こいつはそう難しくない。チャットアプリでメッセージを送信する。

『俺、やっぱり野球することにした』『稜人はどうする?』

 稜人にはこれでいい。

 しかし問題なのはもう一人、吉田よしださんのほうだ。

 以前彼女の「お願い」を断ってしまったにもかかわらず、俺は今日になって簡単に結論を翻してしまった。彼女になにも言わないままに野球をもう一度始めるのは、なんというか、非常に具合が悪い。まあべつに彼女はそんなことを気にしないかもしれないし、俺への興味なんて微塵もないかもしれないが、俺が気にするのだ。

 ただ問題なのは、彼女と俺にほとんど接点がないということ。当然連絡先も知らない。俺は吉田さんが一年四組であるということと剣道部であるということを知ってはいるものの、そこまで親しいというわけではない。そんな距離感の異性に衆人環視の下会いに行くというのは、なんだか気が引けてしまう。ただの雑談ならまだしも、俺が野球をやるというただそれだけのことをわざわざ教室や部活中に伝えに行くのは、あまりにも意味ありげに映らないだろうか。

 ということで、俺は中学時代の人脈を活用することにした。中学時代というか、正確には小学校一年の頃からの縁なんだけど。

 俺は御厨みくりやひいらぎに、『突然なんだけど、吉田さんの連絡先知らないか?』というメッセージを送った。

 明日の授業の予習に飽きて、ベッドの上に寝転がってMLBの動画をスマホで見ているうちにウトウトとしていたら返信が来た。

『吉田って、吉田楓よしだかえで?』

 あいにく俺は吉田さんの下の名前を知らない。

『えっと、たぶん』『剣道部の吉田さん』

『なら、知ってる』『けど、どうしたの?』『下心があって連絡先を教えてほしいとかなら、楓に訊いてからじゃないと教えられないよ?』

 下心があってもなくても、そこは一度訊くべきだと思う。

『べつに教えてくれなくていい』『知ってるんなら、「前はああ言ったけど、やっぱり気が変わった」って俺が言ってたって、伝えてほしい』

『ふうん』『それだけで伝わるの?』

『たぶん』

 伝わるかな? 伝わると思うけど。

『わかった』『いいよ』

『助かる』『ありがとう』

 ふう。これで気が済んだ。

 スマホをスリープの状態にしてほっと一息ついていると、すぐにまた画面が明るくなる。柊からのメッセージの通知だった。

『っていうか、ハルって楓と接点があったんだね』

 すぐに返信する。

『まあ、最近になってだけどな』

 より正確に言うのなら、彼女と近しい人物との接点はあった。ただ、彼女本人との接点ができたのは高校に上がってからだ。あの日が初めてだった。

『そういう柊も、仲良さそうだな』

『んー、まあ、ちょっときっかけがあってね』

『ふうん』

『ちゃんとアピールしていきなさいよ? 楓、競争率が高いんだから』

 なんの話だ、とは思わない。いままで接点がなかった俺が突然、吉田さんに連絡をとろうとしているのだ。きっと色っぽい話だとでも勘違いしているのだろう。柊はなんというか、そういう余計なお世話をするのが好きなところがある。

 まあそれでも柊を頼ったのは、彼女のひとに話していい話とそうじゃない話の線引きの仕方を、俺が信用しているからだ。意外と柊は噂話を好まない。

 なので、俺は柊だけを適当にあしらっておけばいい。

『そうだろうな』『まあ、ほどほどに頑張るよ』


 翌日の朝。起きたら、柊からこんなメッセージが来ていた。

『私を経由されるの面倒だから、もう楓にハルの連絡先教えとくね』

 そして、吉田さんからも。

『よかったです』『ありがとうございます』

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