2話 Break【封切】
ぼやけた視界……そこに映る1人の女性。
古代の巫女の如き彼女は美しいという言葉が似合う最高の女性だ。
そんな彼女がまだ幼子である俺に金貨を渡す。
「ごめんなさい。私はあなたを育てることはできない……私はもうじき———」
母から溢れる涙。その雫はまだ心が育ちきっていない俺に複雑な感情が湧き上がる。
「私のことは忘れて……それがあの人にとって、あなたにとって幸せだから————」
〜〜〜〜〜
「……またか————」
幻のような記憶の映画館から帰還する俺。うんざりするほどにその映画館へと足を運んでいる。
そしていつも肝心なところが抜けている……このむず痒さに悩まされてもう10数年だ。
だが手がかりは急に落ちてきた。
昨日、白昼夢のように起こった出来事。唐突に渡された洋剣と三鈷———そしてアルファオメガゲームなるものの存在。
「父さんの死、母さんの失踪の真実が知れるなら……!」
俺は着替えながらそんな独り言を呟いていた。
着替えた俺は、三鈷を手に持ち、部屋の外へと出る。
先日もらったもう1つの神器である洋剣を持ち歩くのは流石に不審すぎる。
三鈷——ヴァジュラとも呼ばれるこれならば懐に忍ばせておける。
使い方がわからないのは最大のネックだが、兎にも角にも使ってみなければわからないのは剣も同じだろう。
俺はヴァジュラを制服のポケットにしまって、一階のLDKの扉を開く。
リビングで朝ごはんを待つのは、俺の双子 葉夕。早速騒々しく話してきた。
「おはよ速人。」
「ん。」
「無愛想ね。いい加減挨拶くらいしなさいよ。」
口うるさい女。
というのがこの葉夕を表するにふさわしい言葉だろう。知性も感じさせぬその言葉に耳を傾けているだけで、俺が人生の退屈さを実感してしまうほどには。
俺はバカが嫌いだ。特に話が通じないバカと無意味なことをしているバカだ。
「今、お前と話すことは何もない。」
「相変わらずムカつく………!!」
ムカついて結構。その言葉を語る気すら無駄に思えた故に無視してしまう俺。
ここまで罵倒しているが、別に嫌いではない———曲がりなりにも、母の血を継いでいる。言い換えれば、彼女に母の面影を見れるはずなのだ。
その面影を形容することは、未だできないのだが。
ヴァジュラを眺める俺に葉夕が独り言のように呟く。
「天から降り注ぐ神の火……?」
「あ?」
「あ…ううん。なんでもない!」
厨二病じみた言葉が発せられたが、高校生にもなってソレを発症したとは考えずらいのだが————はてはて。
葉夕は先ほどの発言を誤魔化すように、声を張って——彼女を呼ぶ。
「メグさーん!ご飯まだ〜?」
「あとちょっとで出来るよ。牛乳でも飲んでて。」
「はーい。」
奥のキッチンから出てきたメグさんこと、宮地恵未さん———艶やかな黒い髪をポニーテールで纏めた妙齢の女性。
結女の姉というだけあって、その美貌は彼女といい勝負……むしろ母親役を務める分、母性愛を兼ね備えて、より女性としてのステージが上であると感じる———前にも話した気がするが、捨ておこう。
実際、祖父からの支援を管理していたり、食事を作ったりと、恵未さんにはかなり世話になっている。そして俺たちもそう思っている———が、葉夕の今のワガママ具合を見ると少し心配になったのは、俺としては目痛い。
「さっきまで晴れてたのに、なんだか雨が降りそうだわ……2人とも!傘を忘れずにね〜」
「「はーい。」」
——————※——————
神域 オメヨカン。
そこが地球のどこにあるか、誰が何をしているのか、なぜ神域と呼ばれているのか……全てが謎。
そんな場所に、とある男が謁見していた。
「これは一体どういう了見なんだ!!」
「何度も言わせないでくれ……これは創造主様の思し召しである。」
声を荒げる男にうんざりしながら答えるメジェム。しかし男は落ち着くことはない。
「とぼけるな。なぜ今まであの者達を匿っていたのだ———!!」
「はぁ……忘れたのかい?このアルファオメガゲームのルールを。」
「!?」
「16歳に満たぬ神の御子に危害を加えることはルール違反。にも関わらず、君は彼らに危害を加えようとした————創造主様の意向とはそういうことだ。」
「ぐっ……!」
基本的に理知的で、筋道通った言い争いならば怯まず物言いができる人物———メジェム。
もっとも筋道を通さない論議などもはや、感情を「ままに垂れ流す」演説でしかないのだが。
「ま、それもここまでの話。彼らは成長し、ゲームに参加した……あとはルールに則って煮るなり焼くなり好きにすればいい。」
「ふん。悪いがそうさせてもらう。」
男は神域を去ろうとする———が、去り際にメジェムは一言忠告する。
「それと……宇宙の理(ことわり)を乱さぬように。」
「何…?」
「君達のやろうとしている事——創造主様はお怒りのようですよ。」
「くっ———ゴミが。」
男は吐き捨てるようにその場を去った。
—————※—————
ゴロゴロゴロ……天上にて神が地団駄を踏んでいるかのような音。
ベッドから起き上がった時に見た晴天は嘘のように、空は曇天。今にも噴き出しそうである。
「メグさんの言う通り、雨降りそー。」
「ああ…」
軽い口調でそう言った葉夕に、ぶっきらぼうな返事をする。
そんな時思い出したように右隣にいる結女が声を漏らした。
「威くん大丈夫かなぁ。急いで来て傘忘れないといいんだけど。」
「アイツのことは気にしないほうがいい。どうせ雨に濡れても気にしない獣だし。」
「うーん……」
この手の人間にありがちだが、アイツはギリギリまで寝て、授業開始1分前に猛ダッシュで登校するのだ。
アイツはそれで満足しているかもしれないが、俺は少し困惑している。
というのも、アイツが抜けた3人で登校する———両側に目の覚めるような美少女という、両手に花を超えて花束状態である。
当然周囲の視線は女2人を侍らせている時点で目痛いものとなる———なお、この視線は結女と葉夕だからこその話だが。
そんな考えを巡らせていると、俺たちは人通りの多い大通りまで出てきた。
すると葉夕はあることに気づく。
「……今日人多くない?」
「確かにそうかも。今日何かあったかなぁ……」
この時、俺は……語るに堪えぬ嫌悪感を抱いた。
それもこれまで感じたことのないほど———あたかも感性ごと別人になってしまったかのよう。
「どうしたの速人く……えっ。」
「——あ?」
「右目が……青に——」
そう結女が指摘しかけた瞬間……俺は右側面を向く。
灰色のパーカーとを着た通行人がすぐそこまで来ていた————イライラする。
「おい、ゴラ……」
「!?!?」
怒りを感じた時には、もう遅い。
俺はその通行人の男の胸ぐらを掴んで、電柱に後頭部を叩きつけた。
突如として反社じみた脅しを通行人かけるという暴挙に、結女と葉夕は戸惑ってしまう。
だが——そんなのどうでもいい。
「誰だか知らんが、随分と調子に乗ってるみたいだなぁ……」
「一体な
「惚けるなよ外道が。」
困惑した様子の中年男。
俺はポケットに突っ込んだ手を、強引に引き出す——すると、30cmほどの白い棒が出てくる。
俺は直感でその白い棒を男に向ける。
すると……
「ぐっ…うううううう!!!」
「「!?」」
唐突に男は胸を押さえて倒れ込み、走る激痛に悶え始めるが———まもなくおとなしくなった。
これに周りは騒然として、俺たち3人を取り巻く空気が微妙なそれの変わっていく。
「し、死んでるの……!?」
「心臓発作か。」
「何でそんなことわかるの!?」
「さぁな。」
「ちょ、冗談じゃないわよ!!」
態度が気に入らないのか、葉夕は俺に非難するような口調だ。
確かに人が死んだかもしれない状況で、冷酷に解りもしない死因を口走るという行為は一般人の感性では到底受け入れられないのだろう。
だが俺には、えも言われぬ確信があった。
「おそらくこいつは、極小型の心臓発作銃だろう。20世紀後半に、ある諜報組織が使用していた———その改良版ってとこか?」
「はぁ?アンタ頭おかしくなったんじゃないの!?」
「バカに言われたくな……ん?」
再びどこからか殺気のような周波数が聞こえてくる———
俺が抱いたその違和感に間違いはなかった。
「っっっ!!!」
「チッ……」
無音の殺刃が俺の首を掻っ捌こうと狙っていた。俺は、何とかそれを紙一重で躱してみせた。
俺を殺そうとしていた黒ずくめのローブを着た、得体の知れぬ男……その態度から少しばかり焦りが感じられる。
俺は、戦闘態勢に入っている黒い男に問いかける。
「お前…一体誰の差し金だ?」
「ここで死ぬ者たちに答える義理はない。」
「ほう……?」
「者たち」———この短いワードだけで、殺しの対象は俺とあの2人も含まれると理解できる。
男が持つロングナイフをどう処理しようか…… 俺は少し考えた。
そして考え出したアイデア。
「死ねっ!!」
「ふんっ!!」
ガキンと硬いものが激しく音を立てた。
俺がその刃を受け止めた道具は———神器として渡された
その時……予想外のことが起こる。
「なっ…ぐはぁっ!!!」
「!!」
突如として三鈷の持ち手が急激に伸びて、男の体を数メートル吹き飛ばしてしまう。
男は電柱に思い切り激突し、後頭部を強く打ち付ける。
三鈷は再び元の形へと戻る。
なるほど、確かにこれは習うより慣れよという言葉が身に沁みる。
俺は黒ずくめの男に近づきながら言い放つ。
「さて、お前には聞きたいことがごまんとあるんだが……さっきからイライラしてんだよ。手短に聞こうか———お前のボスを。」
「……」
「脳震盪で答えられんか?なら…」
その時———唐突に、爆音が辺り一体を支配する。
その爆音の正体はアクセル全開のスポーツカーのそれ……暴走しているのは明らかだった。
「このままだと来る…!!」
そう、「者たち」という言葉の意味はこの数秒後に起こる、ある数人を殺すために無差別に見せかけた、車による悲惨な事故。
車を暴走させたり事故や個人による無差別殺人に見せかけて組織的な殺人をやることなどできるのか……いささか懐疑的ではある。
だが、現実にそれが起こっているんだ———この気狂いじみた儀式のようなそれが。
「あーあ、これしか思いつかねぇ。」
俺はヴァジュラを思い切りその車に向かって投げた……「車の軌道が逸れればいいな」という楽観と悲観入り混じった妄想を基に。
だが————車にヴァジュラが到達する……その瞬間。
この世のモノとは思えぬ……閃光。衝撃が全てを呑み込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「有なる物全てを焼き尽くす天の火……数千年経っても相変わらずの威力だ。」
10数キロ離れた高台、そこで今繰り広げられた御技をじっと目を凝らしていた者たちが2人……このゲームのプロデューサーたるメジェム。
そして。
「ああ。だがあれは目標を車に限定した分、威力は通常の5%も出ていないはずだ。」
ノスタルジックな双眼鏡で、一部始終を見ていたのはジート———ゲームデバッガーを務める、イカついスーツのマフィア風の男。
ジートは双眼鏡をしまいながら、話を続ける。
「あの神器は本来なら街1つを簡単に吹き飛ばせる。さらに使いこなせば国はおろか、惑星すら揺るがす代物だ。」
「使いこなせるかどうかは彼次第だが……それは言うまでもないだろう。これでは公平な勝負にはならなさそうだ。」
憎々しく振る舞うメジェム。愉悦を一滴垂らしているような態度で話をさらに続ける。
「しかしこの不公平こそリアリティ……!!
公平さなどどんな時代でもフィクションに過ぎない。」
メジェムの愉悦に震える様子とは対照的に、ジートは威圧感のあるギロっとした目つきでゲームの舞台に選ばれたこの街を睨んだ。
「ゲームが盛り上がるに越したことはないが、それでも奴等の監視は続けなければな……再び、創造主に逆らうという愚行を犯さぬためには。」
〜〜〜〜
αΩゲームルール
雷霆インドゥノス
普段は金剛杵。伸縮自在のトライデントの様相をとりつつも、投擲することで凄まじい威力の雷を発生させる神器。中遠距離戦に非常に向いている。
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