第4話 大事な話

「……んん」

 いつの間にか、眠ってしまっていたみたいだった。

「セレス……セレスティア」

「おにーさま?」

 柔らかく、名前を呼ばれて微睡みから目を覚ます。

「うん、そうだよ。僕のお姫様」

「!?」


 お姫様!?

 思わず重たかった瞼をこじ開けると、ご機嫌そうなお兄様の青の瞳と目が合った。

「ふふ、驚いてる」

 って、いやいやいやいや。

 驚くのも当然だよ、お兄様。お兄様ったら、そういうことを言うタイプじゃなかった……よね? うーん、なぞだ。今日はキザなことを言いたい気分だっただけかも。

「さぁ、かわいいお姫様も目覚めたことだし、馬車から降りようか」

 そういわれて、あたりを見回すと、もう公爵邸の前だった。

「……あ!」


 馬車から降りて、唐突に思い出した。

「どうしたの、セレス?」

首を傾げているお兄様の頭を背伸びをして撫でる。

「キルシュお兄様、今日もいい子だったね。大好き!」

 あ、間違えた。また好きとか気楽に言っちゃったー!!

「お兄様、あのその、これは……」


 恥ずかしくてすぐに否定をしようとした私は、真っ赤な顔をした後、すぐに俯いたお兄様を前に、固まった。

 やったか? これはついにやっちゃったのか?

 頭を撫でる行為自体は毎日してるし、怒ってないと思うけど……。

兄妹とは言え軽率に好きとかいうことにお怒りモードかな。

いやいやいや、でも、さっきは怒られなかったし。

でも、今日二回目だから駄目だった? 

ほら仏の顔も三度とかいうし。いや、それならセーフなのでは?


 ぐるぐると頭の中で様々な考えが――。

「! おにーさま?」

 考えは、お兄様の手が私の頭に触れたことによって霧散した。

 手はゆっくりと左右に動かされる。

 ……もしかして、もしかしなくても、お兄様のターンですか!?

 お兄様に甘えられるチャンスを逃すはずなく、お兄様の手に頭をもっとと押し付ける。目を閉じながら、うっとりと堪能していると、笑った気配がした。


「キルシュお兄様?」

 ぱちり、と目を開く。お兄様の顔は、もう赤くなかった。その代わりに、微笑んでいる。

「うん、君のお兄様だよ」

 いや、まぁ、そうなんだけど。

 その笑顔で言われると、なんというか、破壊力がすごいですね!!!!!!

 ただの事実確認なのに、なんだか特別なことを言われているような気分になる。


「……お兄様は、ずるい」

 なんだって、そんなに顔がいいのか。

 私だって、悪くないはずなのに(だってヒロインだし)、お兄様の美しさの前ではかすんでしまう。

「ずるくないよ。……いつもずるいのはセレスじゃない」

 ええー? 私がずるいことなんてあったかなぁ。

 あ、イチゴのケーキのイチゴをお兄様からかっさらったのはずるかったかも。

そんなことを考えながら、今度こそ公爵邸の中に入る。


「おかえり、キルシュ、セレスティア」

 公爵邸の中に入ると、もう仕事が終わったらしいお父様が出迎えてくれた。

「セレスは、初めてのパーティーだったが、どうだった?」

 ……あ。

 そういえば、そうだった。

 お兄様のことばっかり考えていて、すっかり忘れていたけれど。私は参加したものの、お友達ゼロという惨敗に終わったのだった。


「ええと、それは……その」

「セレスはよく頑張っていましたよ」

 言い淀んだ私をお兄様がかばってくれた。頑張ったのは、嘘じゃないもんね。……成果がゼロなだけで。


 それにしてもお兄様優しすぎる。こんなに優しいお兄様のために、次回こそはなんとしてでも、お兄様の婚約者を見つけないと。


「……そうか。キルシュが言うなら、間違いないな」

 お父様は満足そうにうなずき、書斎に戻ろうとする。

「お父様、お話があります」

 ……? お兄様がお父様を呼び止めるなんて、珍しいな。

「どうした?」

 お父様も不思議そうな顔だ。


「お父様の書斎で、いいでしょうか」

 つまり、ここではできない話らしい。

 えー、なんだろ、気になる。

「……わかったよ」

 お父様はお兄様の真剣な表情を見て、頷いた。

 さて、それではお父様の書斎に……。

「セレスは、待っててね」

「……ハイ」

 ですよねー!!!!

 めちゃくちゃ気になるけど仕方ない。

いじけながら、お兄様とお父様が書斎に行くのを見送ろうとすると、ぽんと手の上に花が落ちてきた。

「わぁ!」

 お兄様の魔法、久しぶりに見た。

その花を眺めながら待っていろ、ということだろう。

わかりました。待ちますとも。


 ……けれど、10分経っても、30分経ってもお兄様もお父様も戻ってこなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る