第3話 過去の話

「……はぁ」

 パーティーの結果は散々だった。あのあと、お兄様に合いそうな女の子を見つけては声をかけたのだけれども。どうやら、最初にカイト殿下に声をかけられた女子は私だったようで、どの子からも冷たい視線を浴びせられた。

 

 おのれ王子め、許せん!

「セレス、お友達はできた?」

 帰りの馬車で、お兄様が心配そうな顔で、私を見つめた。

「ええと、その……」

 今日は、子供だけのパーティーだ。帰ったらお父様にも報告しなきゃいけない。

 けど、悲しいことに成果はゼロだ。

「そっか。でも、大丈夫だよ。チャンスはまだあるからね。これからも、パーティーなり夜会なり何度も行われるんだから。だから、大丈夫」

 

 そういって、優しくお兄様は、私の頭を撫でてくれた。

「……うう。お兄様やさしい、好き」

「!」

 お兄様は、目を見開いた。

 あれ? 私、そんなにおかしなこと言った?

 兄妹で好きー、とかいうのそんなにおかしかったかな。そういえば、前は言ったことなかった。

 

 前世の記憶と人格がまざりあって、いまいち前と同じ距離感がつかめてなかったかも。

「……お兄様?」

 固まってしまったお兄様の顔を覗き込む。すると、お兄様は、フリーズから目覚めた。

「ん、ううん……なんでもないよ、セレス」

 そういって、再び頭を撫でてくれる。

 その心地よさに目を閉じながら、私は、初めてお兄様と出会った日のことを思い出していた。


◇◇◇


「……セレス」

 お父様は、真剣な顔をして、私を見つめていた。

 思わず、ごくりと喉を鳴らす。

「お前に、お兄さんができるぞー!!!」

「やったぁ!!!」


 私の母は、私を産んだ時に亡くなっている。

 だから……、この公爵家には跡取りが必要だ。うすうす心の中でそう気づいていた私は、もしかしたら、新しいお母さんができるのかな、と思っていたけれど。

 

 お母さま一筋なお父様は、新しい妻を迎えるようなことはしなかった。

「……彼が、これからお前の兄になるキルシュだ」

「……初めまして」

 黒髪に青い瞳をした美しい少年は、荒んだ目をしていた。

 なんでだろう? うちに来るの嫌だったのかな?


 ――なんて、のんきなことを考えていた私は、あとで知ったのだけれど。お兄様は本当の両親を事故で亡くしたばかりだった。それで、我が家に引き取られたのだ。


「初めまして、キルシュお兄様!!」

 今日はお兄様が来た、素敵な日。だから、たくさんの美味しい料理が私たちを待っている。

 お兄様はなぜか悲しそうな眼をしているけれど、せっかくなら、この家の生活を楽しんでほしい。


 そう思って、私は、様々な場所にお兄様を連れまわした。


 ダイニングで美味しい料理の中でも特にお気に入りのクッキーを勝手にお兄様の口にいれたり、公爵邸のテラスで踊って見せたり、お気に入りの木の上で、歌を聞かせたり。


 とにかく、お兄様に笑ってほしくて、変顔したり、様々なことを試したけれど、効果はいまひとつだった。

 だから、私は、お兄様に聞いたのだ。

「キルシュお兄様は、何がすき?」

「……父様と母様」

 小さな声で呟かれた言葉に、首をかしげる。

 お父様はさっき会ったとして、お母さまには、お兄様あったことあるのかしら。

 お母さまの絵は見せたけれど……。


「なんで、僕が、こんな家に……」

「!」

 はっとした。そっか。お兄様は何も自然に生えてきたわけじゃない。お兄様の家族がいたんだ。

 お兄様の言葉で、そのことにようやく気付いた幼い私は、木から降りて、お兄様の隣に座った。


「キルシュお兄様」

 お兄様は、泣き出しそうな顔をしていた。

「ごめんなさい、知らなかったの」

 実際には、このときも家族がなくなっていることも知らなかったわけだけども。何らかの事情があるのは、察することができた。


「お兄様……」

「なに?」

「セレスね、毎日お兄様にお歌を聞かせてあげる! それからね、毎日頭を撫でてあげる! それからね、それから……」

 幼い頭で精いっぱい、お兄様が笑ってくれることを考えた。でも……、あんまりいい案は思い浮かばなかった。


「ずっと、お兄様と一緒にいる」

「なんだよ、それ……馬鹿じゃないの。君は、父様でも母様でもないのに、一緒にいられても嬉しくなんか……」

 お兄様が俯いた。

「セレスは、お兄様が一緒にいてくれたら嬉しいよ」

 そういって、お兄様の手をぎゅっと握る。振り払われはしなかったお兄様の手は、温かい。

「セレスはお兄様のお父様でも、お母様でもないけれど。一緒にお兄様がいて、楽しいなって、思ってもらえるよう頑張るね」

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