騒音の森

刻堂元記

第1話

 どこにでもありそうな鬱蒼うっそうと茂った森。その奥から聞こえてくるのは、絶えず何かが動く音。カチカチカチという、その音の正体は、森の木木が枝に引っ掛けている、大量のひも付き懐中時計。誰が忘れたものでもない。木木が自分たちの意思で作り出したものだった。


 なぜ、こんなものを作る必要があるのだろうか。懐中時計を作れる時点で、普通の木ではない。だが、木木は、自分たちの寿命に、いつか終わりが来ることを知っていた。だからこそ、そのときが分かる枯死のサインとして、何かが欲しかったのは間違いない。だけどなぜ、懐中時計を?その理由は、懐中時計が出す音の大きさにあった。木木が作り出したこのアイテムは、彼らの死が近づくにつれて、嫌でも記憶に残り続けるくらいの、大きな音を発するようになっているのだ。


 そして、その影響か、この森には、人どころか、動物や虫でさえ近寄らない。そのためなのだろう。この森は、いつからか「騒音の森」と呼ばれるようになっていた。でも、木木がそれを気にすることはない。木木はいつだって、自分たちが刻む生命のリズムを聞くことに夢中なのだから。いや、もしかしたら、他の音や声を認識できていないだけでは。しかし、正確なことは何も分からない。 それでも、森が生きていることだけは事実、確かだと言えた。


 それなら、他の疑問はどうだろう。木木は、誰も知らない秘密を隠し持っているのではないか。いいや、そんなことはない。木木は、秘密を隠し持ってなどいない。誰も近づかないから、誰も知らないだけなのだ。木木が枝に引っ掛けているひも付きの懐中時計は、新たな木が生えた時に生成され、古い木が枯れた瞬間に消滅する。木木の間をゆっくりと浮遊する光の粒は、懐中時計が消えた際に生じる、その名残り。そのため、この場所は「騒音の森」と呼ばれながらも、幻想的な一面を見せてくれることが、少なからずあった。


 それゆえ、この森は、視覚的には美しく、聴覚的には耳障りという、なんとも不思議な場所として存在している。きっと、この地に足を踏み入れた者がいたとするならば、ここを「騒音の森」ではなく、「騒音と幻想の森」と名付けていたに違いない。だが、あまりの音のうるささに耳が壊れるため、誰も森の中には入らない。従って、森の中で聞こえる音は常に、懐中時計の針が動く音だけ。暴風でも吹かない限り、風の音なんて聞こえもしない。それくらい、木木は生きることに懸命なのだ。


 自分たちの命が奏でる独特なリズム。そのリズムを、ひも付きの懐中時計に託して、今日も、木木は、自分たちの針の音を響かせていく。

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