- 一月 -
別れ
第33話
一花は教室の自席で参考書を広げていた。一月も半分が過ぎ、受験本番まではあと一ヶ月もない。クラスメイトたちも自然と口数は減り、あまり登校しなくなった者もいた。授業らしい授業もなく、自習が増えているので当然と言えば当然かもしれない。
二月になれば三年生は自由登校。きっとこのまま卒業式まで会わない者もいるのだろう。
一花はノートの上に投げるようにしてシャーペンを置くと教室の後ろに視線を向けた。
先月まで水無月が座っていた席。そこには誰の姿もなかった。
――もう、来ないのかな。
彼女の家に泊まりに行って以来、まともに話ができていない。昼食への誘いは断られ続け、最近ではメッセージを送っても返信はない。電話をしても出てくれない。避けられていることは明らかだ。
――なにが悪かったんだろう。
一花はスマホを取り出すと自分のメッセージだけで埋まったトークルームを見つめる。
彼女に苦しんでほしくなかった。
笑っていてほしかった。
出会ったばかりの頃のように一花をからかって笑う、そんな彼女に戻って欲しかった。
ただそれだけなのに。
そのとき、メッセージの通知が画面に表示された。それを見て一花は思わず深いため息を落とす。小野寺からだ。
彼からのメッセージを開くと適当にスタンプを打って返信する。自習が暇だとか、そんな他愛もないメッセージなのでスタンプだけでも十分だろう。
彼と付き合い始めて一ヶ月と少し。特にデートをするようなこともなく、たまに一緒に帰ったりメッセージのやりとりをしたり、そんな浅い関係が続いている。
告白をされたとき、一花が付き合う条件として言ったのだ。受験が終わるまでは距離を保っていたい、と。それを彼は快く了承してくれた。何も疑いを持つことなく。それ以来、ちゃんと条件を守ってくれている。
彼は良い人なのだ。
それは分かっている。けれど興味が持てない。そんな気持ちで付き合うなんて失礼だ。
春先に水無月と話していたとき、一花はそんなことを言った気がする。今でもその気持ちは変わっていない。好意を寄せてくれている相手に興味もないのに付き合ったりはできない。しかし、それが水無月の為であるのなら別だ。
彼女の為に罪悪感を押し殺して興味もない相手と付き合った。その結果、彼女は笑ってくれるどころか一花の前から消えてしまった。
――何も話せてないのに。
もしかしたら自分の選択が間違っていたのかもしれない。しかしそれを確かめることすらできない。水無月はもう、言葉を交わすことすらしてくれないのではないだろうか。
再び小野寺からメッセージが送られてきた。スタンプが一つ。胸が痛い。彼からメッセージを受け取るたび、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼と付き合い始めてからずっとそうだ。
水無月と話せなくとも、せめて声を聞きたい。
顔を見たい。
一花に笑いかけてくれなくてもいいのだ。彼女がそこにいるだけで、この気持ちも救われる気がするのに。
一花は小野寺とのトークルームを閉じると、代わりに水無月とのトークルームを開いた。そして新たにメッセージを打つ。
『学校、次はいつ来る?』
入力し終わったものの、指はそこから動いてくれない。
――どうせ返信なんてこない。
それでも少しだけ期待してしまう自分がいる。だからこうしてメッセージを打ってしまう。
少し距離を置いて時間が経てば、また以前のような仲に戻れるのではないかという期待。たとえ付き合っているという関係に戻れなくても友達に。しかし同時にその期待が裏切られてしまうのではないかという恐怖もある。
水無月のことはよくわからない。彼女がどうして一花のことを避けるようになってしまったのか。その理由を聞く機会すら彼女は与えてくれない。
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