- 十二月 -
友達
第29話
十二月に入って教室の雰囲気はピリピリしている。そう感じるのは受験が近いからということもあるだろう。しかし叶向に限って言えばそれだけではない。
「この時期に彼氏作るとか、余裕じゃん。一花」
休憩時間。用事を済ませて教室に戻った途端、そんな声が聞こえて叶向は眉を寄せた。そして無意識のうちに声がした方へと視線を向けてしまう。そこでは如月が照れたような表情で友人と話している姿があった。
如月が小野寺と付き合い始めた。そんな噂を聞いたのは先月の終わり。その真相を如月の口からは聞いていない。
あの日以来、彼女とはまともに会話すらしていなかった。昼休憩も一緒に過ごすことはない。それは叶向があの階段へ行かなくなったから。
如月から一緒にご飯を食べようとメッセージが届いても断る日々が続いている。彼女の顔をまともに見る勇気がないのだ。あの日のことを彼女がどう思っているのか知るのが怖かった。そうやって彼女から逃げ続けているうち、彼女には彼氏ができたらしい。
「一回ふられても諦めない小野寺もすごいけどさ。今回も向こうから告ってきたんでしょ?」
「うん、まあ」
頷いた彼女がこちらへ視線を向けたので、反射的に叶向は顔を背けて自分の席に座った。
如月が自分以外の誰かと付き合い始めた。それが彼女の出した答えなのだ。
叶向のそばにはもういられない。
そう思ったに違いない。きっと未だに届くメッセージは叶向に直接それを伝えるため。
――だったら行かなくてよかった。
如月の口からそんな言葉は聞きたくない。やっぱり逃げて良かったのだ。
叶向は薄く自嘲し、授業の準備をしようと机の中から教科書を取り出す。するとその教科書に挟まるようにしてクシャクシャになった一枚の用紙が出てきた。不思議に思いながら開いたそれは志望校調査票だった。
先月の終わりが締め切りだったが、まだ志望校が決まらないからと無理を言って延ばしてもらったものだ。たしか今週中には出せと担任から念を押されていたことを思い出す。来週は三者面談がある。そこで進路を確定させるつもりなのだろう。
叶向は用紙の皺を伸ばしながら席に座る如月の背中を見た。彼女はどこの大学を受けるのだろう。
それすらも叶向は知らない。
もう、如月のことは何もわからない。
チャイムが鳴ると同時に教師が入ってきて教室の空気が変わった。そして日直の号令の声が響いて授業が始まる。その間も、叶向は手元のクシャクシャになった用紙をぼんやりと見つめ続けていた。
その日の放課後、叶向はポツンと席に座ったまま、未だに進路調査票を見つめていた。すでに外は日が暮れているようで窓から入る光を失った教室は電灯の明かりだけでは少し暗く感じる。
「どうするの、それ」
静かな教室に聞こえた声は聞き慣れたもの。叶向は苦笑しながら「どうしようか考えてる」と顔を上げた。少し離れた窓際の席。そこでは秋山が身体をこちらに向けて座っていた。
彼女の手には文庫本がある。ここ最近、彼女が教室に残っているときはいつも何かの小説を読んでいる気がする。
「それ、いつもなに読んでんの?」
「色々」
「ジャンルは?」
「恋愛」
「意外……」
叶向は思わず呟いた。叶向が知る彼女は、とてもそういうことに興味があるようには見えなかった。
彼女が誰かを好きだとか告白されたとか、そういう浮いた話も聞いたことがない。もっとも秋山と普段から仲が良いわけではないので叶向が知らないだけなのかもしれないが。
「それと青春もの」
叶向の反応も気にせず彼女は淡々とした口調で続けた。叶向は「それも意外なんだけど」と首を傾げた。
「美守はそういうものよりミステリーとかサスペンスってイメージ」
「勝手にイメージ決めないで」
彼女はそう言ったが嫌そうな様子ではない。そして手元の文庫本に視線を落として「わたしだって興味はある」と続けた。
「そっか……。ごめん」
叶向が謝ると彼女は「謝られるのも腹が立つ」と、今度は嫌そうな顔で言った。叶向は苦笑する。
「めんどくさいな、美守は」
「めんどくさいのはそっちでしょ」
彼女はそう言うと視線を叶向の机の上へ向けた。
「あの子と同じ学校にするの?」
「……いや、しない」
叶向は答える。
「ふうん」
彼女は興味なさげに頷くと「そういえば」と続けた。
「あの子と別れたの? 小野寺と付き合い始めたって聞いたけど」
「別れてない」
「……じゃあ、どうしてそういうことになってんの?」
「さあ、なんでだろう。そもそも付き合ってなかったのかな、わたしたち」
叶向は笑みを浮かべる。秋山はそんな叶向を少し見つめると「まあ、どうでもいいけど」と立ち上がり、叶向の前の席へ移動して腰を下ろした。そして鞄の中から一枚の用紙を取り出して叶向の机に置く。
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