第41話「勇夫の襲来」


 香織も浩司の目を見て言葉を返す。


「うん。一緒に食べよ」


 真琴がまだ寝ている為、二人だけの楽しい朝食になった。食べ終えると掃除に洗濯にと忙しい時間を共に過ごす。


浩司こうくんとなら一緒に居ても疲れないし、家事をやってても凄く楽しい! 結婚当初はこんな風だったなぁ……」


 香織がそう言うと。


「そんな楽しそうな香織さんを見るのは久しぶりです。──こうやって二人で家のことをしてると、前からずっと一緒に居るみたいですね」


 すると、香織が眉を寄せる。


「どうしたんですか? そんなに難しい顔して」


「む〜……。難しい顔にもなっちゃうわ! 《それ》、どうにかならない?」


 『それ』と言われて、悩む浩司。


「《それ》……ですか? それ……なんだろ?」


 香織が地団駄を踏む。


「だから、《それ》よソ〜レ」

「んん? どれです?」


「それです!」


「それです? ──あ〜、敬語? ですか?」


 香織が少し冷ややかな顔で言う。


「そう。やっと分かった? もう敬語使う必要ないでしょ?」


 浩司が頭を掻いた。


「まぁ〜、そうなんですけど……。いきなり、タメ口はちょっと……」


「ブッブー。駄目よ、絶対に駄〜目。今から敬語使ったら、お色気攻撃しちゃうから……ね!」


「それは……嬉しいような、して欲しいような……。あっ、そうだ! 冷蔵庫が空っぽだから、適当に何か買ってきますね。香織さん、外出るとヤバいでしょ?」


 香織が返事をせずに、腕を胸の下で組んで胸の膨らみを強調させ、唇を優しく突き出す。


「ん〜……」


「あっ……駄目だ、そんなポーズでそんな顔をされたら引き付けられる……。ご、ごめんなさい香織さん! 買い物行ってきま〜す!」


 そう言葉を残し走り去る浩司。


「あ〜っ! 逃げちゃ駄目〜!! ──もう、浩司こうくんったら。まぁいっか。また帰ってきたら迫っちゃおっと。──あ〜そうだ、真琴ま〜くん暑いかな? 窓を開けとこうかしら」




 ❑  ❑  ❑




 浩司が出て行った三十分後。浩司の家に匿ってもらっている香織の耳に、大きな車のエンジン音が聞こえてきた。


「やだ、もしかしてもう来たのかしら?」


 香織が窓へと急ぎ、閉じていたカーテンを少しだけ開けて外の様子を確かめる。


「やっぱり引っ越しのトラックだわ……。あっ、勇夫が指示してる」


 今日は平日なので、荷物の持ち出しは夕方だと高を括っていた香織。


「ど、どうしよう……。浩司こうくんさっき出掛けたばかりなのに。でも、私がここにいるなんて分からないわよね?」


 暫く様子を伺っていた香織だが、勇夫がこちらを気にしている気配はない。


「そりゃあそうよね。あんなに怒鳴ってたんだから、今更私を探したりはしないか……。良かった」


 勇夫がこの家に来ることはないと安心した香織は、テレビを付けてソファで寛いだ。すると数十分経った頃に、二階から真琴の鳴き声が耳に届く。


「あっ! 真琴ま〜くんやっと起きたみたいね。昨日は寝るのが遅かったから……」


 そう呟きながら二階へと急ぐ香織。


真琴ま〜くんおはよう〜。良く寝てたね〜」


 香織が真琴抱き上げてあやしながら階段を下りていると、インターホンが鳴った。


 ピンポーン♪


 その音に、香織の胸が一瞬締め付けられる。


「だ、誰……」


 真琴を抱く手に力が入る香織。リビングにあるインターホンの画面を見る為に足を急がせた。


「えっ……勇夫? な、何で……」


 インターホンの呼び出し音が連続して鳴ると、今度は玄関の方から怒鳴り声が聞こえてくる。


「香織! 居るのは分かってるんだ! お前が何故この家に居る? おい! 出て来い!」


 その怒鳴り声に、香織が頭をフル回転させた。



 ──何でここに居る事がバレたの……。車? 私の車が車庫に止まってたから? いや、それだけじゃあんなに自信を持って叫べない筈よね……。じゃあどうして?



 いくら考えても分からない香織。考えている間も、罵声とドアを叩く音は止むことはなかった。


「いい加減に開けろ! 開けるまで騒ぐぞ? このまま俺が騒ぐと近所の人に変に思われて、困るのはそっちだぞ! ──浩司の車が無いってことは、お前と真琴の二人だけだろ! この家は浩司の家だ! 早く開けないと、浩司が変な目で見られるぞ!!」


 香織は、勇夫から出た浩司という名前に、浩司には絶対に迷惑は掛けられないと思い、ドアを開ける決意を固めた。真琴をカーペットの上に座らせ、付けていたテレビのチャンネルを変えてアニメ番組を探す。


真琴ま〜くん、このアニメ面白そうね。ママちょっとお客さんが来たみたいだからお外に行って来るね。ちょっと待っててね。──浩司こうくんに迷惑を掛けるくらいなら、勇夫と話した方がましでしょ? 香織!」


 真琴に声を掛けて立ち上がると、自分に言い聞かせるように言葉し、頬を二回叩いた。


 香織は玄関のドアの前に立つと、意を決して鍵を開ける。ドアノブに手を掛けようとした瞬間、外からドアを開けられた。


「きゃっ!」


「おい! 貴様、ここで何をしてる! 浩司がお前を呼んだのか!」


 質問を捲し立てる勇夫に、香織が勇気を出して反抗した。


「う、うるさいわね! そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわよ!」


「聞こえてるなら、返事をしろ!」


「命令しないで! 私は貴方とはもう他人と同じなんですから。あまりうるさくすると、警察を呼ぶわよ?」


 勇夫が香織の言葉に顔を赤らめて震えている。


「警察だ? 偉そうにしやがって!」


 勇夫が感情を抑えきれずに、香織の胸ぐらを掴んだ。


「や、止めて! 女に暴力なんて卑怯よ!」


「うるさい!!」


 勇夫が怒鳴りながら香織の頬を平手でぶった。


「ぐふっ!」


 ぶたれた勢いで、香織は廊下に倒れてしまう。


「痛いっ……どうしてこんな事をするのよ? 何が不満なの?」


 香織が頬を抑え睨み返しながら言葉を吐くと、勇夫が靴のまま家に入り香織を跨ぎ馬乗りになった。

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