第34話「香織に責められる浩司」
田口の「殺してやる」という言葉を聞いた浩司の顔付きが、少し変わった。
「なんだお前、イカれてんな。薬でもキメてるんじゃないだろうな?」
田口に向かって言葉を吐く浩司の目付きが鋭く変わる。浩司は田口から目を離さずに、着ていたトレーナーをサッと脱ぐと、シャツの前がはだけた香織に渡した。
「香織さん、取り敢えずそれ着てて」
香織が頷き、浩司のトレーナーを急いで着る。
「
香織の言葉に、浩司が香織をチラリと見た。
「なっ……香織さん、頬が真っ赤じゃないか……」
浩司の愕然とした表情に、香織が頬に手をやった。
「……」
「田口ーー!!」
浩司は香織の頬を見て殴られたんだと理解し怒りから声を荒げ、ナイフを見ても慌てる事なく落ち着いていた浩司の顔付きが、悪者のそれに変わっていく。
普段の優しい浩司からは考えられない顔付き。手で髪をかき上げると、鋭い眼光が顕になった。
「たっぐっぢーー!! お前、香織さんの綺麗な顔を! その汚い手で殴ったのか!!」
「へへへっ、そうだよ! 香織が言う事を聞かないからいけないんだ。なんなら、もっと叩いてやろうか?」
浩司を挑発する田口。
そんな田口の挑発に乗ること無く、怒りを抑えながら冷静に声を出す。
「俺はナイフ相手とか慣れてんだ。それに、殺すなんて言われると色々思い出して血が騒ぐんだよ……。お前は俺に言っちゃ駄目な言葉を口にして、やっちゃっ駄目な事をした……」
「
いつもとは雰囲気も話し方も違う浩司に戸惑う香織。
「何が慣れてるだ! 嘘を付きやがって! 怖いなら怖いと言いやがれ!!」
田口が大声を出し、震える手で握っているナイフを前に突き出した。
「黙れ……汚い口で声を出すな! ──人を刺した事も無いヤツがナイフなんか持っても怖くないんだよ。忠告してやる……そのナイフを捨てろ。まぁ今更何を言っても遅いけどな。香織さんを怖がらせた罪は重い。ナイフを捨てないのなら、警察に突き出す前に半殺しにするぞ? ──それでもやる気があるなら、相手してやるからかかって来い。言っとくが、俺を怒らせたのはお前だからな?」
浩司がそう言って斜に構えた。
浩司の構えを見て、田口が震えながら言い放つ。
「お、俺は! 香織と楽しんだ後に、一緒に死のうと思ってたんだよ! なのに、なのにーー! 楽しむどころか、ここに来てからムカつきっぱなしだ! もういい……お前を、お前を殺してから、香織と続きを楽しむんだ。へ、へへへっ……ふはははは!」
田口が、垂らした
「ヒャッハー!」
「こいつ、
イカれた声を発しながら突っ込んで来る田口を、呆れた顔で迎え撃つ浩司。
廊下の真ん中辺りで両者が激突する。
「死ね!」
田口が右手に握りしめたナイフを、浩司の腹部目掛けて突き出した。
「ふん!」
浩司はそれを冷静に見極め、田口の右手首を左の手刀で上から殴打すると、田口の手からナイフが離れる。
「い゛だっ!」
田口が、余りの痛さに右の手首を左手で覆うように握り、顔の前まで持ち上げた。
浩司からは田口の手が邪魔で顔が見えなかったが、気にする事なく右のハイキックを田口の顔側面の顎付近にお見舞いする。
「せゃっ!」
「げふっ!」
その蹴りが見事にヒットし、田口がその場に沈んだ。
「弱過ぎるだろ……香織さんに手を出すからそうなるんだよ……って、聞こえてないか」
浩司が、廊下にだらしなく倒れている田口を見下ろしながらそう口にした。
「
香織が走り出し、浩司の背中に抱きついた。
「わっ! 香織さん……もう大丈夫ですよ」
口調が元に戻った浩司に抱きつきながら、香織が言う。
「
香織が言葉を並べながら、浩司の背後から抱きついた腕に力を入れた。
「ははっ。若い頃に親友と少〜しだけヤンチャしてたんです……こういうのはもう卒業したつもりだったんですけどね。──香織さんにあんな事をしたヤツが許せなくて、切れちゃいました……ははっ」
「すっごく怖かったけど、
浩司の後ろから抱きついたまま離れない香織に、浩司が出来るだけ横を向いて言った。
「香織さん、そろそろ警察に電話しないと。あいつが目を覚ましちゃいますよ」
「──うん、そうよね。じゃあ、左腕で我慢しとくね?」
浩司の背後から離れた香織が、今度は左腕にしがみつき浩司の顔を見上げた。
「か、香織さん美人すぎるんですよ……。それに、む、む、胸の感触が……。もう、僕が倒れちゃうかも」
「ふふっ。
浩司が香織にメロメロになりながらもスマホをポケットから取り出し、警察に通報した。
暫くして警察が到着すると、田口が連行されていく。田口が連行された後、香織と浩司が事情聴取を受けた。
「え〜、話をお聞きしたところ、今回の件は相手方の『不正の侵害』に対する防御である事が極めて高いと思われますね。あ〜、不正の侵害とはね、法的に保護すべき権利または利益に対する侵害行為のことをいいます。暴行や傷害、強制わいせつ、窃盗など幅広い行為が対象となりますね」
浩司が頷き、警察官に言葉した。
「正当防衛を認めてもらうことは中々難しいって、この間その手の話に詳しい人が教えてくれたんですよ。──僕は先に手を出した人が絶対に悪いと思ってたんで、いくらやり返しても罪にはならないと思ってました……。でも、それは違うんですね」
「はい、そうなんです。手を出された後に必要以上にやり返したり、逃げようと思えば逃げられた場合や、警察に通報するなど周囲に助けを求める余裕があったのに、相手を傷付ける事は正当防衛になりません。──今回の貴方の行動は、貴方が女性の叫び声を聞いて駆け付けた後直ぐに、相手がナイフで襲ってきたが、動けない女性が後ろに居て逃げられない状況だった。そして、その状況では警察に通報する事も出来ない。状況証拠もありますし、今回の件は正当防衛が認められであろうと思いますが、警察がそれを判断出来ませんのでね。後は起訴されれば刑事裁判にて判断されるでしょう」
その後も細かい事を聞かれ、難しい話を延々と聞かされた二人。
話が終わって警察が帰り、静けさを取り戻した八木家のリビングで、香織が入れたお茶を飲んでいる二人。
「あっ、そうだわ! 忘れてたけど、私怒ってるんだからね!」
突然声を荒げる香織に、浩司が驚いている。
「どうしたんですか?」
「
浩司が口を大きく開けた。
「いや、その……。あ〜、まいったな……言い難いんだよなぁ……。でも、何でって訊かれてるのに、黙ったままなのは……う〜、分かりました、白状、します」
「やだ、そんな言い方されたらドキドキしちゃうじゃない……」
浩司がおもむろに話し出した。
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