第33話「香織の危機」


 浩司がそんな事を思いながら洗車をしていると、隣の八木家の前に一台の乗用車が止まった。出てきた人は帽子を深く被り、上下お揃いの作業着を着ている。


 すると、その人がトランクへ回り、大きなダンボール箱を取り出した。


「乗用車で配達? 配達忘れで大至急持って来たとか……かな? あんな作業着の運送屋なんて知らないなぁ……」


 浩司はその光景に若干の違和感を覚えたが、配達員の手には伝票が握られていた為、とにかく配達なんだなと結論付けた。


 ピンポーン♪


 配達員が八木家のインターホンを押すと、少し間をおいて香織が姿を見せる。


「あっ! 香織さんだ! やっぱり綺麗だよなぁ。話したいなぁ〜……あっ! こっち見た!」


 香織と目が合った浩司が手を大きく振る……が、香織はそれをスルーして配達員と話しを交わした後に家の中へ招き入れた。


「無視だ……。いや、香織さんには僕が見えてなかったんだな……。そういう事にしとこう……淋しい……な。──配達員、中に入って行ったけど、ダンボール箱が大きかったから置いてもらう為か? 見た感じは軽そうだったけど……何を買ったんだろう? はぁ〜、色々気になる! あ〜駄目だ……早く洗車を終わらせて家に入ろ……」




 ❑  ❑  ❑




 ─ 八木家 ──




「あ〜、最近面白くない! 勇夫は相変らずだし、浩司こうくんは全然構ってくれないし……」


 香織はリビングでお茶とお菓子をつまみ、テレビを見ながらテレビとは関係のない文句を言っている。


「今日は真琴ま〜くん良く寝てるわねぇ。──もう! こんな時に浩司こうくんがいてくれたら楽しいのに……。仕事仕事って、ほんとかな? まあ、浩司こうくんからあのメールが来て、また話せるようになってから今日が初めての週末だけど。前は平日でもお昼とかいっしょしてたのになぁ……。もしかして私、避けられてるんじゃ……」


 自分で言って不安になる香織。


 居ても立っても居られず、立ち上がって窓の方へ歩いた。


浩司こうくん、家にいるのかな?」


 そう言いながら少しだけカーテンを捲る。すると、洗車をしている浩司が目に入った。


「あっ、浩司こうくんだわ! 家にいるんだぁ。連絡しちゃおうかな? でも、また忙しいって言われたらショックだしなぁ……」


 ピンポーン♪


「誰かしら?」


 インターホンの画面を見ると、配達員らしき人が立っていた。


「はい、どちら様ですか?」


『宅配の者です。サインお願いします』


「は〜い、直ぐに開けます」


 とは言ったものの、自分は何も買っていないので頭を捻った。


「勇夫がまた筋トレ用の何かを買ったのかしら? それならそうと言ってほしいわ!」


 香織が怒りながらドアの鍵を開けた。


「すいませ〜ん。こちらの荷物ですけど、大きいので中に入れましょうか?」


「あっ、はい、お願いします」


 配達員の好意に甘えドアを大きく開け時、外で洗車する浩司と目が合った瞬間に香織は思った。



 ──あっ、浩司こうくんと目が合った! 手を振ってくれてる。どうしよう……配達の人がいるから、後で会いに行けばいいか。ワタシの誘いを何度も断った罰として、ここは知らんぷりしとこ。ふふっ、今日は久しぶりに浩司こうくんと話せそう。



 そんなことを思いながらドアを閉めた。


 大きなダンボール箱を持って玄関に入った配達員が香織に声を掛ける。


「部屋まで持って行きましょうか?」


「い、いやいや、ここで結構です」


 家の中へ入ろうとする配達員を慌てて止める香織。


 何やら挙動不審な配達員に香織が警戒したその時、配達員がダンボール箱をその場に置いて詰め寄ってきた。


「香織、俺だよ。憶えてるか?」


「えっ? 何ですか? もういいので帰って下さい!」


「俺だよ、田口だよ! 俺からのプレゼント受け取ってくれたんだろ?」


 田口という男の口ぶりに怯える香織。


「知らないわ田口なんて……プレゼントなんて貰ってないし……えっ? もしかして、宛名不明のあの届け物のこと? 嫌だ気持ち悪い……帰って!」


 香織のキツい一言に、田口が突然豹変する。


「黙れ! 香織……本当に俺のこと憶えてないのか? 俺は、お前と一緒にいたあの男のせいでスーパーを辞める嵌めになったんだぞ? なのに、香織は俺を憶えていないだと……。プレゼントも俺だと気付かないなんて……くそっ……もう愛なんて要らない! お前は俺の言う事を聞く責任がある! 俺の奴隷になれ! 分かったか香織!!」


 田口がそう言い、香織を押し倒した。


「キャーー!! 止めてーー!!」


「うるせー! 黙りやがれ!」


 必死に抵抗する香織だったが、力で男に敵うはずもなく、田口が香織に馬乗りになった。こうなってしまうと香織に抗う術はない。田口が、容赦なく香織のブラウスを破く。


「イヤーー!!」


「ウヒョー、たまらな〜い!」


 田口に馬乗りになられて、身動き出来ない香織が必死に抵抗している。


「離れて! 気持ち悪い!!」


 田口が香織の一言に腹を立て、頬を平手打ちした。


 バチンッ!


「きゃっ!」


「大人しくしないから痛い目に合うんだよ。何を言っても無駄なんだからさぁ。誰も来ないよ〜! ──美味しそうなお乳だなぁ〜。まずはその邪魔な下着を取ろうか。へへへっ、いくぞ〜!」


 田口が香織の胸に手を伸ばした瞬間。


 いきなり玄関のドアが開き、中へ人が入って来た。その人が廊下の真ん中辺りで香織に馬乗りになっている田口の襟元を引っ張っる。


「ぐえっ……」


 田口が襟元を引っ張られた勢いで立たされ、その勢いに耐えきれず後ろ向きにジタバタと後退り、玄関辺りで転倒した。


「いだーー!」


「香織さん! 大丈夫か!」


 香織は馬乗りになられて重たかった体が軽くなり、聞こえる声に目を向けた。


「こ、浩司こうくん? こうくーん!!」


 家の中に入って来たのは浩司だった。香織は浩司が目の前に現れた事に安堵し、泣きながら浩司に抱きついた。


「ううっ、こ、怖かった……」


「僕が来たから、もう大丈夫」


 浩司はそう言って香織の頭を撫でた。


「イタタタ……」


 浩司は後から聞こえてくる田口の声に目を見やった。田口は倒れた時に深く被っていた帽子が脱げ落ち、顔が露わになっている。


「ん? お前は……スーパーの店員じゃないか……。確か……田口だったか?」


「くそっ! またお前か! 俺様の邪魔をするなっ! 俺はもうスーパーの店員じゃない! お前のせいでクビになったんだっよ! 香織が俺のこと憶えていないのに、何っでお前が憶えてるんだ!」


 元スーパー店員の田口が、ポケットからナイフを取り出した。


「ぶ、ぶっ殺してやる!」

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