第31話「待ち合わせの場所で」


 そして、翌日の土曜日。


 二十時十分前にヤッセスポーツジムの前に綾音を迎えにやって来た浩司。


 ジムから数メートル手前の離れた場所に車を止めて、歩道に立って綾音を待っていた。


 人の流れを目で追っていた浩司だが、それも飽きてきたので、スマホで今日のニュースなどを見ていると、通知音が鳴った。


「あっ、香織さんからメッセージだ……。『浩司のバカ』って……辛いな。真琴ま〜くんと遊園地に行ってから、香織さんとメールはしてるけど、会うのはわざと避けてるから怒ってるんだろうなぁ。自分でも確かに避け過ぎのような気もするし。──綾音とも上手くいってないし、ほんとは香織さんと会って色々と話したいのに……。今香織さんに会うとせっかく引いた線を自分で消しちゃう気がするんだよなぁ。──昨日だって、綾音と二人で話してるのに、綾音は一度も僕の顔見なかったし。こんな心が揺れた状態で香織さんに会ったら、甘えちゃうだろうな……いや、絶対に甘える自信がある。はぁ〜、結婚って何なんだろ?」


「何をブツブツ言ってるんですか?」


「わっ!?」


 突然の声に驚く浩司。


 スマホから目を離し顔を上げると、綾音と同じジムで働く岩井美香いわいみかが笑顔で立っていた。


「み、美香ちゃんかぁ。脅かさないでくれよ」


 浩司は、香織と付き合っている頃から度々ジムに迎えに来ていたので、岩井美香いわいみかとはよく話をしていた。


「ふふっ、この間は遊園地で雅人がお世話になりました」


「いや、話してみると良い男だな。美香ちゃんの将来も安泰だ」


 美香が浩司の言葉に照れた。


「ありがとうございます。──それで、今日は先輩をお迎えですか……珍しいですね。──それはいいとして、何か悩み事ですか?」


 美香の突っ込みに浩司は思った。



 ──鋭いな美香ちゃん。もしかして、聞かれた? いや、顔に出てるのかな?



 そう思った浩司は、今更ながら手のひらで口元を覆った。


「顔を隠しても無駄ですよ? 浩司さんは直ぐに顔に出るから、凄く分かりやすいんですよね。私で良ければ相談に乗りましょうか? まぁ、大体話は分かりますけど……」


「えっ? 話は分かるって、僕まだ何も言ってないのに……。迎えに来たのは、ジムに変なヤツが来るって聞いてたから心配になってね。──僕って、何でも顔に書いてある?」


 美香が悪戯いたずらっぽく笑いながら言う。


「変な人? ジムのこと探ってた人のことかな? 別にそれ程気になる事はなかったですよ? ──それはいいとして、何でも顔に書いてあるってことはないですよ。ただ分かり易いのは間違いないかな。浩司さんの悩みは……綾音さんのこと! 違います?」


「うわっ……当たってる」


「やっぱり。ふふっ、分かりやすいし、素直だし……浩司さん可愛い」


 浩司は照れ隠しに頭を掻いた。


「でも、何で分かるんだよ?」


「う〜ん、あのですね……あ〜、やっぱり止〜めた!」


 浩司が肩を落とした。


「凄く気になる言い方だなぁ。──前から美香ちゃんに言おうと思ってたんだけど……」


 美香が身を乗り出した。


「あ〜、何でそこで止めるんです? 気になる〜。さては、お返しですか?」


「はははっ、ごめんごめん。美香ちゃんって、ジムのインストラクターというより、保母さんってイメージが強いな〜って思ってたんだ。大人を相手にするより、子供と笑いながら遊んでそうだから」


 美香が満面の笑みで手を叩いた。


「浩司さん凄〜い! 私、前職が保母さんだったんですよ。──実は、浩司さんのこと、このジムに来る前から知ってたんですよ?」


「え? どういうこと?」


 浩司の顔を見ながら、美香が語りだした。


「私が保母さんをしてた保育園で、浩司さんが突然運動会に現れたんですよ。その時に、保護者じゃない人がいるぞって、騒ぎになったの憶えてないですか?」


 浩司が間髪入れず答えた。


「憶えてる! あの時は焦ったなぁ……。警察を呼ぶとか言われて、応援しに来ただけなんですって必死に訴えたんだよ」


 美香が笑っている。


「そうそう。あれ、こっち側は大変だったんですよ? 保護者の方には、早く警察を呼べって言われるし、勝手に入って来た浩司さんはどう見ても悪い人には見えないし……。ふふっ、懐かしいなぁ。浩司さんって子供が好きなんですね」


「いや、あの時はすいません……。そうなんだよ、子供が好き過ぎて、頑張ってる姿を見るとついつい応援したくなっちゃうんだよなぁ」


「私も子供が好きで保母さんになったんですよね。──実は、その時から浩司さんのことが頭から離れなくて……」


 そう言ってもじもじする美香。


「え?」


「あれは……私たぶん浩司さんのことが好きだったんだと思います。──その後に、ジムのインストラクターに転職したら、偶然浩司さんを見かけて……。そしたら、ジムの先輩の彼だって事が分かって……がっかりしたんですよ?」


「ははっ……」


 言葉が出ない浩司。


 その時、美香の後から自転車を漕いだ人が来るのが見えた浩司が、美香の腕をつかんで引っ張った。


「えっ!?」


 突然の出来事に驚く美香。自分の横を自転車が勢いよく通り過ぎて行くのを見て。


「も〜、そういうとこ、駄目ですよ?」


「え? 危ないと思って……」


「浩司さんって、こういうこと無意識にやっちゃうでしょ? 好きでもない人に、あまりやらない方がいいですよ。──ほんとに人たらしなんだから……」


 浩司がまた頭を掻く。


「そう言われても、体が勝手に動くんだよなぁ〜……」


 もう美香のペースに嵌っている浩司は、頭を掻くしかない状態にある。

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