第30話「悩む浩司」



─ 勇夫と綾音 ──





「ん〜、何年ぶりだ? 少し場違いな気もしないでもないな!」


「そうなの? 真琴君を連れて来てるんじゃないんだ?」


「無いな! 男は一人で育つもんだろ? それに、子育ては女の仕事だ! 真琴が遊園地に行きたければ、香織が連れていけばいい!」


「男らしいわね? そういうとこも好きよ」


 綾音はそう言い切る勇夫と腕を組んだ。


「ハッハッハッ! 一番好きなのはどこだ?」


「嫌だ。こんなとこで云えないわよ」


 二人は笑いながら遊園地内を歩いていた。すると、綾音の目に見慣れた背中が見え、勇夫の服を引っ張る。


「何だ何だ? もしかして、木陰でしようってのか?」


「馬鹿言わないで!」


 綾音が勇夫を引っ張りながら、近くにあった自販機コーナーの陰に隠れた。


「一体どうしたんだ? 何故こんな所に隠れる」


「あそこ見て……」


 綾音が指差す方向に目を向けた勇夫が、目を凝らした。


「あれは……真琴? それに浩司か?」


「そうよ。浩司が真琴君とここに居るってことは……香織さんもいるんじゃない?」


 綾音の言葉に勇夫が目を見開いた。


「あの二人が浮気をしてると言うのか?」


 綾音がゆっくりと頷く。


「恐らくね」


 勇夫が両拳を握り締め、怒りを爆発させた。


「ぬぅおーーーー!!」


 綾音が慌てて勇夫の口を自らの手で塞ぐ。


「ちょっと! 声が大きい!」


「す、すまん……。しかし、ありえん! 香織が他の男と浮気だと!? 絶対にありえんぞ!」


「貴方は私と不倫してるのに?」


 勇夫が彩の顔を見た。


「俺はいいが、香織は許さん! ──ん? 今、俺と綾音が不倫しているといったな。浮気も不倫も同じだろ?」


 綾音が驚きの表情を浮かべた。


「勇夫何言っているのよ。浮気って言うのはね、パートナーや恋人がいるにもかかわらず他の人に恋愛感情を持っていまう事。不倫は道徳に外れる事で、パートナー以外と肉体関係を持つことよ。──だから、既婚者がパートナー以外と肉体関係を持った場合は『不倫』、持ってなければ『浮気』。お互いが結婚していなければ肉体関係のある・なしに関わらず『浮気』になるそうよ。まあ、私がそう聞いただけで、法的にはどうとか、それは違うって言う人もいるだろうけど……」


「ほう、詳しいな! それなら、俺と綾音は不倫で、香織と浩司は浮気? いや、肉体関係が無いとも言い切れんな……」


「ちょっと待ってよ、まだそうだと決まった訳じゃないでしょ? 私が浩司に電話してみるから、それで分かるわよ」


 綾音がスマホを取り出し、その場で浩司に連絡を入れている。


「俺も香織に電話してみる」


 綾音がスマホを耳に当てながら、勇夫の言葉に頷いた。


 浩司に電話を掛ける綾音の横で、不安に襲われながら香織に電話を掛ける勇夫。


 プルルルル…… プルルルル……


「もしもし!」


 ─『ちょっと、声が大きいわよ』


「うるさい! お前、今どこにいるんだ!」


 ─『何よいきなり』


「いいから早く言え!」


 ─『どこって、スイーツバイキングのお店だけど?』


「バイキング? 遊園地じゃないのか?」


 ─『遊園地? なんで?』


「い、いや……何でもない! そ、それより、バイキングなど行くな! ビュッフェにしろビュッフェに」


 ─『ビュッフェもバイキングも同じじゃないの?』


「何? バイキングは決められた金額で自分の好きなものを自由に選んで好きなだけ食べられる、いわゆる食べ放題だが、ビュッフェは違う! ビュッフェは自由に選べるが、取った料理の分だけ支払うんだ。響きもビュッフェの方がいいだろ?」


 その時、園内放送が流れた。


 ─『え? 勇夫、綾音ちゃんのジムじゃなかったの? なんで遊園地にいるのよ』


「ち、違う! お前に電話する為に外に出てきたんだ。今のは街宣車だ! 切るぞ!」


 綾音と勇夫は同時に電話を切った。


「浮気はしてないようね」


「ああ、してたら離婚だ!」


 勝手なことを言っているこの二人。綾音と勇夫はジムで頻繁に会い、週に二日ないし三日はジム終わりにホテルに通っている。たがこの事実を、浩司と香織は知る由もなかった。




 ❑  ❑  ❑




 ─ 滝野家 ──





 遊園地の一件から数日が経過した金曜日の夜、浩司が作った夕食を遅い時間に二人で食している浩司と綾音。


「綾音、仕事が忙しいんだろうけど、家事を放棄してるのは良くないだろ?」


 綾音の前で食事の手を止めて話す浩司に対して、綾音は浩司の顔すら見ず手を止める事をしない。


「そんな事言われても、浩司の方が時間があるんだからやってくれればいいじゃない。もぐもぐ……。お互いに仕事をしてるんだからこういう時もあるわよ。私は暇ができたら頑張るから……それでいいでしょ?」


 ため息を付く浩司が、思い出したように続けて話した。


「あっ、そうだ。ジムに変なヤツがいるって言ってただろ、そのせいで帰りが遅くなるって。週に何日かはそういう日があるし、あれ大丈夫なのか? 勇夫さんが通ってるのに効果なしだなんて、相当しつこいヤツなんだろ? ──明日は土曜日だし、僕が迎えに行ってそいつと話そうか?」


 浩司の問い掛けに綾音は思った。



 ──げっ! 変なヤツの話は嘘なのに。本当に面倒くさい男ね。いらぬ優しさってやつよ……。まあ確かに勇夫と会ってから、家事も浩司も放ったらかしなのは事実よね……。さすがにヤバいかな? う〜ん、この際別れちゃう? 別れることも無いかな? 別にどっちでもいいしな〜……って、そういう訳にもいかないか。今この家を出ても、勇夫と一緒にはなれないし……。明日勇夫はジムに来ないから……たまには可愛い妻を演じとこうかしら?



 綾音はそう結論づけ、浩司に答える。


「迎えに来てくれるの? 変なヤツはまだいるんだけど、一時からすると誘われたり待ち伏せされたりする事もだいぶん減ったんだけどね〜。それも勇夫さんのお陰じゃないかしら? ──明日は来るか来ないか分からないけど、浩司が迎えに来てくれるなら嬉しいな〜」


「了解。じゃあ、終わる時間が分かったら連絡してよ」


「明日は定時だから二十時に終わるから……それじゃあそれくらいの時間に迎えに来てくれる?」


 浩司が、終始そっぽを向いて話す綾音に「分かった」と答え、心で思った。



 ──この間の日曜日に遊園地で綾音から掛かってきた電話が怪しすぎるんだよな。あの後に園内放送の事を聞いても「そんな放送私には聞こえなかったわよ? 気のせいじゃない?」なんて言ってたし……。あれは気のせいなんかじゃない。あの日、綾音は確かに勇夫さんとあの遊園地にいた筈。香織さんと勇夫さんの電話の内容からも間違いないだろう。ジムに確認するような真似はしたくないけど、これってほぼ浮気の証拠になるんじゃないか? ん〜、でもそれを言うと、僕と香織さんも水族館に行ったしなぁ。香織さんに様子をみたほうがいいって言われてるし、深く考えない方がいいのか? はぁ……。


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