第28話「昔の浩司を知る人」


 真琴が泣き出した事に慌てる美香。


「ちょ、ちょっと雅人! 何やってんのよ!」


「こいつが可愛げの無い態度を取るからだろ?」


 雅人は、後ろに人の気配を感じて振り返る。


「なっ……」


 後ろに立っていたのは浩司だった。


「お前、何真琴ま〜くんのこと泣かしてんの?」


 浩司の目が座っているのを見てヤバいと思った美香が、二人の間に割って入った。


「ちょっとストップ。浩司さん、雅人は危ない人だから、止めたほうがいいですよ」


「どけよ美香。こいつムカツクわ。──おい、もう謝っても遅いぞ?」


「謝る? 俺が? 馬鹿かお前。いくら美香ちゃんの彼氏でも、真琴ま〜くんを泣かせるヤツは俺が許さん!」


 ヒートアップする二人。そこへ、雅人に声を掛ける人物が現れる。


「おい、雅人じゃないか! こんなとこで喧嘩か? お前なぁ、何回言わせんだ……つまらない喧嘩はするなっつってんだろ!」


秀人ひでとさん! いや、違うんスよ。コイツが喧嘩売ってきたんス」


 その声の主に目を向けた美香が、浩司に耳打ちした。


「浩司さん、逃げて下さい。あの人、暴走族連合の総長さんなんですよ。だから、真琴君連れて早く逃げて!」


 浩司は、美香の忠告に耳を貸さず、秀人ひでとと呼ばれる男を見もしなかった。


「……」


 方や秀人は、浩司を見て何かを感じたのか口を閉じている。


「お前はもう終わりだ! 秀人さんに敵うヤツはいないからな。まあ、お前みたいなヤツは俺で十分お釣りがくるけどな。何がま〜くんだよ。へっ、笑わせる。お前もそのま〜くんと同じようにこついてやるから表に出ろ」


 雅人の言葉に浩司が言う。


「はぁ? お釣り? わっはっはっ、笑かすなよ。お前なんかお釣りどころか、足りな過ぎて借金しないといけないんじゃないか?」


「コイツ……」


 浩司の言葉に怒りを露にする雅人。秀人が、前に出ようとする雅人を抑えるように肩に手を置き、口を大きく開けた。


「ま、まさか……いや、やっぱり間違いないない。貴方は、滝野浩司さん……じゃないですか?」


 秀人が浩司に声を掛けると、浩司がここでやっと秀人の顔を見た。


「どうして俺の名前を知ってるんだ? ──ん? お前……どこかで見たことあるような……」


 低い声でそう言う浩司に、秀人が首を大きく二回縦に振った。


「ぼ、僕が連合に入らせてもらった時、初代総長と貴方が一緒にいる時に、ご挨拶させて頂きました香月秀人こうづきひでとと言います! か、顔を覚えてもらえてて、こ……光栄でっす!」


 秀人の態度の変化に驚いた雅人が、秀人の服を引っ張る。


「秀人さん、どうしたんスか? こんなやつに敬語なんて使って。初代総長って何の話っスか?」


 秀人が眉を上げて口を開け、雅人の頭を押さえつけた。


「ば、馬鹿野郎! 謝れ、早く浩司さんに謝れ馬鹿!」


「い、痛いッスよ。何で俺が謝らなきゃ───」


「殺されるぞ!」


 雅人の言葉に被せるよう、鬼気迫った声で秀人がそう言葉した。


「この方は、連合初代総長の灰原貴史はいばらたかしさんの大親友、滝野浩司さんだ!」


 秀人がそう言葉にしながら、雅人の頭から手を離した。そして話を紡ぐ。


「あの天下無敵の初代総長の灰原貴史はいばらたかしさん。お前も話は聞いたことあるだろ? 向かうところ敵なし、タイマン無敗、あちこちの族が連合に入れてほしいと頭を下げてくる程、強くて人望がある人だった。──その初代総長より強いと噂されてたのが、総長の大親友……滝野浩司さん。この方がそうだ」


 雅人が足を震わせ後退りした。


「そ、そんな……。お、俺……とんでも無い事を……」


「それ程強い浩司さんを、総長は連合に誘わなかった。それは、浩司さんの空手───」


「喋りすぎだぞ?」


 浩司が秀人の声を遮り、暗に黙れと言っている。


「す、すいません!」


 秀人が直立不動になり、謝罪の意を表した。そんな秀人を見ていた雅人が、美香に寄り耳元で話す。


「美香も知ってるだろ? 秀人さんは、面と向かって秀人さんに上等を切れるヤツはいないくらいヤバい人なんだ。その秀人さんが直立不動で謝るなんて……」


「浩司さんってそんなに凄い人なの?」


「凄いも何も、秀人さんの強さは美香と知ってるだろ? その秀人さんが、昔連合の初代総長に喧嘩を売って、一発も当てられずにボコボコにされたらしい。あの浩司って人はその初代総長より強いってんだから、ヤバいってもんじゃねぇよ」


 秀人の話を聞いて、美香が腕組みをして首を傾げた。


「そうなの? でも、浩司さんってめっちゃ優しいんだよ? そんな風に見えないのよね」


「俺もそう思ったから喧嘩売ってやったんだけど……手を出さなくて良かった」


 美香が、胸に手を当てて息を吐いた雅人に、微笑しながら言う。


「雅人もこれを機に、むちゃな喧嘩は止めて優しいお兄さんになったら? その方が格好良いわよ」


 雅人が、二人で話している秀人と浩司を交互に見つめ、何かを悟ったのか突然目を瞑り何度か頷いた。


「あの二人を見てると、格好良いもんな。俺は、男は悪さしてなんぼって思ってたけど、あんな二人みたいになりたくなってきたよ」


 そう言葉にする雅人に「賛成!」と手を上げた美香。


 雅人はこの日以降、喧嘩はすれど自分から売ることは無くなり、人に優しくし誰からも好かれるいいお兄さんになっていく。


 美香と結婚するのは、もう少し先のお話。



 

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