第27話「綾音の後輩と、その彼氏」
浩司が電話口で香織が言う本題とは何かと訊くと、香織が事情を説明した。
─『なんだ、そんな事ですか。お安い御用ですよ。一人で暇してたし、
「本当に? そう言ってもらえると凄く助かるわ」
─『それは全然いいんですけど……。あの〜、
「勿論よ! 勇夫が何処にも連れて行ってくれないから、
─『えっ? 何です? 最後の方、声が小さくて聞こえなかったんですけど』
「ん〜ん、こっちの話」
─『用意出来たら
浩司のその一言で通話を終えると、香織がスマホを胸に当てた。
「普通に話せた……。また前みたいに
友達の事も気になるが、まずは自分の幸せを噛みしめる香織。勇夫と話す事も減っており、窮屈な毎日を過ごしていた香織だったが、浩司のメールで嫌なことが全て吹き飛んだ。胸を躍らせながら真琴の出掛ける準備を終らせ、浩司を待つこと数分。
ピンポーン♪
「来た!」
香織は、いつもなら真琴を抱いて玄関に行くのだが、浩司と面と向かって会える嬉しさに、自分でも驚く程のスピードで玄関へと急いだ。
玄関のドアを開けると、浩司が立っている。前までの香織ならここで抱きつくのだろうが、あの日に線を引かれた以上、感情を抑えなくてはいけなかった。
それは、香織だけではなく浩司も同じである。お互いに照れ笑いを浮かべながら、線を引いても前よりお互いの気持ちが近くなった気がして、どちらが言うでもなく握手した。
雪解けした二人の関係。まだ解けた水は残っているが、水が乾き完全に前と同じ状態に戻るのも遠くないのかもしれない。
ここで浩司が、子供を車に載せる時はチャイルドシートがいると以前香織に聞いていたので、どうやって遊園地に行けばいいか香織に相談した。すると、その浩司の相談に香織が微笑みを浮かべ話し出す。
「
「へ〜、そうなんですね。知らないことばっかりだ……。じゃあ、タクシーで行こうかな」
香織がそのように教えてくれたので、浩司は真琴を連れて家からタクシーを捕まえ、運転席の後ろで真琴を抱いて遊園地に向かった。
❑ ❑ ❑
─ 遊園地 ──
遊園地に到着した浩司と真琴。
「
「ゆ〜えんち! ゆ〜えんち!」
浩司が、はしゃぐ真琴を肩車して遊園地の中に入った。
「うわ〜、久しぶりだなぁ。ははっ、皆楽しそうだ。──よ〜し、まずは
浩司は真琴にそう話し、子供の乗り物がある『子供広場』にやって来た。
「こ〜くん、あれあれ。あれのる〜」
「ん? どれどれ?」
浩司が下に目をやると、肩車をした真琴の可愛い腕と小さな指を伸ばした影が見え、その影が真正面を差していた。
「メリーゴーラウンドか。よし、行こう!」
メリーゴーラウンドを皮切りに、真琴が乗れそうな乗り物を制覇。ここで丁度お昼を回ったところ。急いで遊園地内の、色んな飲食店が隣接しているフードコートに入り、沢山あるテーブルの一つを確保した。
「うわ〜、いっぱいだな……。丁度席が空いたから良かった。まだお昼を回ったばかりなのに、みんな早いんだな」
手荷物を置いて場所を取られないようにし、真琴と手を繋いで食券を買いに行く浩司。
「香織さんが、
券売機の前で真琴の昼ご飯に悩む浩司。その浩司の横で、浩司の上着の裾を引っ張る真琴。
「ん? どした?
「ま〜くん、ちゅるちゅるがいい!」
「ちゅるちゅる?」
浩司は考えた。
──ちゅるちゅるって言うくらいだから、麺類だろうな? ラーメン、お蕎麦、うどん……どれかな?
悩むより本人に訊いた方が早いと思い、ラーメン? お蕎麦? うどん? と順番に訊いてみたが、全部に「うん!」と答える真琴。
「え? 全部ちゅるちゅる?」
真琴の答えに悩んでいる浩司の肩を、後ろにいた人が叩いてきた。
「あっ、すいません。すぐに選びます」
体を半分だけ横に向けて、相手の顔は見ずに頭を下げる浩司。
──ヤバ、早くしないと後ろの人が怒ってるぞ。ん〜、この三つだと……やっぱりラーメンかな?
「浩司さん!」
後ろから当然名前を呼ばれ振り向くと、知った顔が笑顔で立っていた。
「美香ちゃん! どうしたのこんなところで?」
「こんなところでって、ここは遊園地ですよ? デートするには最適でしょ?」
そう言われればその通りだと、妙に納得させられた浩司。
「確かに……」
「ふふっ。こんなところでって、こっちが訊きたいですよ。小さな男の子なんか連れて、どうしてこんなところにいるんですか? ──綾音先輩は……いなさそうですけど?」
浩司は若干混乱していた。
──あれ? 美香ちゃんはなんで今ここにいるんだ? 今日ジムは休みたいじゃないよな?
そう思った浩司だったが。
「あ〜、なるほど。美香ちゃんは有休かシフトで今日は休みなのか」
浩司は勝手にそう判断した。
「ん? ──浩司さん、その話は後にしましょうか。後ろがつかえてますから」
浩司が美香の後ろに目をやると、行列が出来ていた。
「わわっ! えっと、ラーメンラーメンっと」
「浩司さん、それってこの可愛い男の子の分ですか?」
「そうだよ」
「じゃあ、うどんにしときましょう」
美香は元々保母さんなので、子供のことを良く知っていた。
「あ、はい。うどんね、うどん二つ……っと。──美香ちゃん席取れた? もしまだなら、僕達あそこの席だから良かったら一緒にどう?」
「本当ですか? 助かります! 席がいっぱいだから、彼とどうしよっかって言ってたんですよ……ねっ」
美香がそう言って後ろを向いた。
「ああ……」
美香の彼氏の返事から、機嫌が悪いのかと想像した浩司。
美香のお陰で無事に食券を購入出来た浩司は、カウンターで食券と番号札を交換して席に戻ると、真琴を子供用の椅子に座らせ、終始真琴を抱いていた腕を振りながら真琴の横に座った。
「やっとご飯が食べれるよ。なっ、
「おなかしゅいた〜」
浩司が笑いながら真琴の頭を撫でていると、美香と彼氏が四人テーブルの向かいの席に着いた。
「浩司さん、ありがとうございます」
「いやいや、知らない人と座るよりいいだろ? さっき助けてもらったし、気にしなくていいよ」
「相変わらず優しいですね。あれから先輩とはどうなんですか?」
美香の質問に答えようとした時、浩司が持つ札の番号が呼ばれた。
「あっ、ごめん美香ちゃん。
「はい、全然いいですよ。行ってきて下さい」
浩司が「ありがとう」と言って席を立ち、商品受け取りカウンターへと向かうと、美香の彼氏が口を開いた。
「何だよ美香〜。あんなヤツとばかり喋ってさ」
「
「そりゃあ焼くだろ。せっかく遊園地にデートしに来たのに、彼女が違う男と喋ってるんだから……」
美香が
「可愛いこと言っちゃって。待たずに座れたんだから、浩司さんに感謝しないとね?」
「それはそうだけど……。てか、この子可愛いな」
「俺、
「う〜」
真琴が
「何だよ、連れないガキだな」
「うわ〜ん!!」
頭をこづかれた真琴が突然大声で泣き出し、混雑してざわついる建物内に泣き声が響いた。
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