第19話「離れゆく気持ち」



 ─ 滝野家 ──




 八木家から帰ってきた浩司と綾音。


 綾音がお風呂に入ると言い、帰って早々浴室へ直行した。浩司はリビングでソファに座り、頭の中で今日を振り返っている。



 ──あ〜、今日は楽しかったなぁ。真琴ま〜くんともいっぱい遊べたし、香織さんとは……あれはヤバかったよな。あんなこと綾音あやねんにバレたら「離婚よ」って言われるな、きっと……。でも、香織さん家のネットの切り替えを約束したから、また会えるんだよなぁ……綾音あやねんには悪いけど楽しみだ。そうだ、スーパーで香織さんを守った時もドキドキしたよな。明日は月曜日か……早く香織さんと真琴ま〜くんに会いたいし、早速明日電話しよ。これってなんか、学生の時の感情に似てるな。憧れの綺麗な先輩と仲良くなって、学校に行くのが楽しみでしょうがないみたいな……。最近綾音あやねんがなんか冷たいから、今日一日は楽しかったなぁ。



 綾音がお風呂から上がって来たことに気付かず、浩司が一人でニヤついていると。


浩司こうくん、顔がイヤらしいわよ」


「わっ! 上がってきてたのか……。いや、最近仕事が順調だなって思ってたんだよ」


「ふ〜ん。──それより、お風呂どうぞ」


「ほ〜い」


 軽い返事をした浩司は、浴室へ足を運びながら思った。



 ──ヤバッ、顔に出てたのか……。でも、綾音あやねんの「ふ〜ん」は、どうでもいい時の返事の仕方だから、何も思われてないだろ。



 ❑  ❑  ❑



 浩司がお風呂から上がってくると、綾音はもうリビングにいなかった。


綾音あやねんもう寝たのかな? 仕事から帰ってきてからも、勇夫さんに指導してたから疲れたんだろうなぁ。ん〜、でも何かイチャイチャしたい気分だし……寝込みを襲ってやろう〜」


 一階の戸締まりを確認した浩司は、二階の寝室へと入って行った。


 暗い寝室。

 ベッドに入った浩司が、綾音に声を掛ける。


綾音あやねん、もう寝た?」


「ん〜……もうすぐ寝れそうなとこ……」


 反対側を向いて横になっている綾音がまだ起きていることを確認した浩司は、綾音のお尻に手を這わし、手を徐々に上半身へと動かしていく。


「う〜ん……あっ……」


 浩司の手が綾音の胸に辿り着き優しく揉み始めると、綾音から声が漏れた。すると、綾音が寝返り浩司と目が合う。


 綾音は浩司を見ながら思った。



 ──もう〜、せっかく鎮まってたのに……。でも、あの体と途中までしちゃって、浩司こうくんと出来るかな? 浩司こうくんの裸を見て、その気になれなかったらどうしよう……。え〜い、悩んでてもしょうが無い。とにかく、誘ってきたのは浩司こうくんなんだから、この再発したムラムラを解消させてもらわないとね。



 そう思い至った綾音が、浩司の上着のボタンを外していく。


「おっ、綾音あやねん積極的だ。そんな綾音あやねんは初めてだなぁ」


 ボタンを外し終った綾音が、ヨレた服を開け浩司の胸元へ目をやった。暫く動かない綾音。


 綾音が開けていた浩司の服を閉じ、言葉無く寝返った。


「あれ? 綾音あやねん、どうしたんだよ? え? しないの?」


「しない……。疲れたから寝るね。おやすみ……」


「え〜〜……」


 綾音のムラムラは、浩司の胸板を見て一瞬で無くなっていた。そんな綾音が心の中で思う。



 ──勇夫さんと胸板が違い過ぎて笑っちゃうわ。浩司こうくんのお陰でムラムラも収まったし、邪魔な香織さんにもイタズラしてやったし……勇夫さんと途中で終わったのは残念だったけど、中々満足な一日だったわ。次は勇夫さんと最後まで……。考えただけで興奮しちゃう……駄目、またムラムラしちゃうわ……寝よ。

 



 ❑  ❑  ❑




 ─ 翌日 ──




 今日また香織に会えると、心弾ませながら会社に着いた浩司が、大きな声で挨拶をする。


「おはようございます!」


「おっ、うちのエースのご出勤だな」


 浩司が先輩に茶化され、頭を掻きながら言う。


「エースだなんてヤメて下さいよ〜。今月はたまたま成績が良かっただけなんですから」


 謙遜する浩司。


「はっはっはっ、たまたまが何ヶ月も続く訳ないだろ! そんなに謙遜するなら、次とれたお客さんを俺に回してくれ!」


「いやいや、それは駄目です。僕の大切なお客様なんで」


 先輩が天を仰いだ。


「かぁ~、やっぱり駄目か! 俺はまだノルマに達していないのに……。まいったなぁ」


 そんな会話を交わしながら席に着いた浩司が先輩を見て笑い、今日の予定を確認しながら考えた。



 ──昨日の綾音あやねんは、なんか可怪しかったなぁ。ただ疲れてただけならいいんだけど……。え〜と、今日の仕事は……うん、これなら休憩無しで頑張れば、昼には終わるな……。



 浩司は綾音の事を気にしながらも手早く仕事をこなし、あらかた片付いた頃にふと時計に目をやると十一時半を回ったところだった。



 ──もうこんな時間か……。今日の事務処理はあらかた終わったし、今から香織さんに電話して昨日のお客様の情報を纏めれば、十二時過ぎには出れそうだな。香織さんと真琴ま〜くんとお昼を楽しんで、ネットを切り替える。目的が会ってお昼を食べることになってるな……。真琴ま〜くんにはお菓子を買って行こ〜。



 そう考えた浩司は、あと少しの事務処理を片付ける前に香織に電話した。


 プルルル……プルルル……


「あっ! 香織さん、浩司です」


 ─『浩司こうくん! やっほ〜』


「や、やっほ〜」


 ─『ん? なんか声が小さいよ?』


「すいません。社内なんで、あまり大きな声を出せなくて」


 ─『ふふっ、会社なら声も小さくなるわね』


「あの〜、昼から何か用事あります?」


 ─『何もないわよ。今から真琴ま〜くんとお昼何にしようかって話してたの』


「良かった〜。あの、一緒にお昼しませんか?」


 ─『えっ!? そんなこと出来るの?』


「ネットの件でお邪魔しようと思ってて、作業の前にお昼一緒に出来たらいいなぁ……なんて思ってたんですよ」


 ─『嬉しい!! ねぇねぇ、どこか行く?』


「外に出るとなると、真琴ま〜くん大変じゃないですか?」


 ─『あん、そんなの大丈夫よ。真琴ま〜くんもお外が大好きだから。私が外に出たいだけっていうのもあるけど……』


「ははっ、香織さん可愛いなぁ。じゃあ、美味しいお店があるんで、そこに行きましょう。車で迎えに行くんで、用意して待っててもらえます?」


 ─『了解しました! なんだか、ワクワクするね? 事故しないように気を付けて来てね』


 香織との電話を切った浩司が、同じ部署の課長に声を掛けた。


汐里しおり課長、今日は外回りして直帰しますね」


「あら、営業成績一位の優等生は、また契約をとったのかしら? 部長も貴方のことは放任だって言ってたわよ。あいつのお陰でワシは安泰だ……ってさ」


「勘弁して下さい。僕は優等生じゃないですよ……」


「ふふふっ、その謙遜するところが良いんでしょうね。──直帰は了解したから、もっともっと頑張ってね」


 課長の汐里に直帰を許してもらった浩司は、デスクを片付けて車のキーを手に外へ向かった。


 外へ出ると駆け足で営業車に乗り込み、ミラーの調節をする。


「自分の車で帰りたいけど、仕事するていで出るからしょうがないか。──香織さんと真琴ま〜くんと食事かぁ。楽しみだな〜。綾音あやねんも勇夫さんと筋トレの趣味が合うし、いいお隣さんで良かった」


 浩司は独り言を呟きながらエンジンを始動し、車を発車させた。

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