第15話「インターホンの音」


 スーパーから帰ってきた三人。香織が寝ている真琴を抱き、浩司は買い物をした荷物を持って香織の家に入った。


 香織はそのまま真琴を二階の部屋で寝かせて、リビングに下りてくる。


真琴ま〜くん寝ました?」


「うん。お布団に寝かせた時に少しグズったけど、寝たわよ。浩司こうくん、今日はありがと。ほんと色々と助かりました」


「敬語なんて止めて下さいよ。そんなに大した事はしてないですから」


 香織がキッチンでお茶を二つ用意して、浩司が座るソファの前のテーブルに置いた。


「はい、浩司こうくんは冷たいお茶ね。──ねぇ浩司こうくん、その敬語止めない? 何か遠い人みたいで……寂しいよ」


 浩司がお茶のお礼を言うと少し間を置いて話し出す。


「──敬語ですか……そう言われても、二人の時はいいですけど、四人で会う時に僕が香織さんとタメ口で話してたら可怪しくないですか?」


 香織が顎に手を当てて斜め上を向き思案している。香織のその仕草をお茶を飲みながら見ている浩司は思った。



 ──どんなポーズをしても可愛いなぁ。って、俺なんかヤバいな。結婚したてなのに、綾音あやねんとは別の女の人が良く見えるなんて……。



 思案していた香織が突然声を上げた。


「そうだわ!」


「うわっ! ビックリした……」


「声が大き過ぎたね……ごめんね。──私、良いことを思い付いちゃった」


 浩司が、持っていたお茶のコップをテーブルに置いて香織に訊いた。


「良いことって何ですか?」


 浩司の言葉に香織が胸を張って話す。


「今から皆でお食事するでしょ? その時に、仲良くなるために皆敬語は止めよう! って言うのよ」


 浩司が腕を組んで首を傾げる。


「でもそれだと、僕と勇夫さんもそうだし、香織さんと綾音あやねんもタメ口で話す事になりますよ? それはちょっと話し難くないですか?」


 香織がそうだったと言わんばかりに、口元を手で覆った。


「そこまで考えてなかったかも。──う〜ん、何かいい方法ないかしら?」


「ははっ、諦めましょう。僕も、香織さんともっと仲良くなりたいですけど、敬語無しは勇夫さんと綾音あやねんに怪しまれそうですしね……。もし逆に、勇夫さんと綾音あやねんがいつの間にかタメ口で話してたらどう思います?」


 その浩司の問い掛けに、香織は思案する事なく即答する。


「全然大丈夫。仲良くなったんだなぁ、って思うくらいかな?」


「ほんとですか? 僕は少し勘繰るかもしれないです……」


 香織が膨れっ面になった。


「ぶ〜っ! つまんない」


 その香織の膨れた頬を人差し指で突く浩司。


「ははっ、香織さん可愛い」


 浩司の不意の言葉に、香織の耳が赤くなった。


「あれ? 香織さん、耳真っ赤ですよ?」


 浩司がそう口にし、イタズラっぽく笑う。


「あ〜、浩司こうくんの意地悪〜!」


 香織が浩司をポカポカと叩くと、その香織の両手首を浩司が両手で掴んだ。


「痛いじゃないですか〜」


 手首を掴まれた香織が真剣な眼差を浩司に向けると、浩司が香織の奇麗な目に魅入った。


 香織の手首を掴んでいた筈の浩司の手が徐々に手のひらへと位置を替え、握られていた香織の手を開きながら指を絡める。


 暫くの沈黙が続き、何方どちらともなく動き出すと、今度はお互いの顔の距離が縮まっていく。頭より上にあった絡まった手を、解きながら香織の太腿の上で落ち着かせると、香織がゆっくりと目を閉じた。


 ピンポーン♪


 その音に、少しお尻が浮くほど驚く二人。


「わっ!」

「きゃっ!」


 誰かに見られた訳でもないが、二人は咄嗟に離れ、お互いが顔を見合い笑い出す。


「わっはははは!」

「あっははは!」


 二人は何も言葉を交わすことなく、香織が立ち上がりインターホンの前に立った。


「あっ、勇夫だわ……は〜い、お帰り〜」


『ただいま』


 香織がインターホンを切ると、浩司にウインクした。それに対して頭を掻きながら笑顔で返す浩司。


 香織が急いで玄関へ向かう後ろ姿を見て浩司は思った。



 ──インターホンに邪魔されたのか、救われたのか……。



 玄関のドアが開く音が聞こえると、ドタドタと足音が近づきリビングに勇夫が入ってくる。


「やあ、浩司君! 綾音ちゃんのジムは良かったぞ! 浩司君も一緒にどうだ?」


 帰って直ぐにジムの話しをする勇夫に、浩司が挨拶をした。


「お邪魔してます。──ジムは遠慮しときますよ。勇夫さんは気に入ったみたいで良かったです」


「ああ、気に入ったもなにも、とても気に入ったさ」


 その変な返事に香織が突っ込んだ。


「何よそれ? 興奮し過ぎじゃない?」


「はっはっはっ! そりゃあ興奮するさ。何と言っても先生がプロだからな。俺の筋肉も喜んでる」


 勇夫がそう言いながらマッチョポーズをとる。


「はいはい、もうそれはいいから。ジムでシャワー浴びてきたんでしょ? 今からご飯の用意するから、何かして待ってて」


 香織がキッチンへ移動しながらそう言った。


「そうか……じゃあ筋トレでもやっとくか。あっ、そうだ。綾音ちゃんからの伝言だ。少し遅れるけど必ず行く、そう言ってたぞ。浩司君はお客だから、そこでゆっくりしといてくれ!」


 勇夫はそれだけ言い残して、二階へ消えて行いった。


「行っちゃった……。ほんとに手伝わないんですね」


 浩司が呆れ顔で言う。


「そう言ったでしょ? ああいう人なの。結婚して、一緒に暮らすまで分からなかったのよね。──知ってたら結婚してなかったのかも?」


 浩司の耳には香織の声のトーンが幾分低く聞こえた。浩司は勇夫が帰ってきて挨拶をする為に立ったままだったので、ソファに腰を掛けなおし考えた。



 ──香織さん、可哀想だなぁ。勇夫さんは二階から下りてこないだろうし……。よし、僕が香織さんの手伝いをしよう!



 そう思い立ち、ソファからキッチンへ移動する。


「あら、浩司こうくん。綾音ちゃんが来るまでゆっくりしててよ」


 浩司が香織の背後へ回り、二階を気にしながら香織の肩に顎を乗せて腰に腕を回した。


「きゃっ……」


「ぎゅ〜っ……のお返しです。大丈夫ですか? 僕、手伝いますから、元気出して下さいね」


 浩司の優しさに触れた香織が、甘えるように顔を浩司の頭に寄せた。


「ありがと。浩司こうくん


「ぎゅ〜っ」


「ふふっ、凄く安心する!」


 あまり長くしていると勇夫が下りて来た時大変なので、ここらへんで浩司が香織から離れた。

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