第14話「ギリギリオーケー?」
田口の言葉に店長が声を荒げる。
「おい、田口! お前はお客様に向かって何て口の利き方を……。お前はいったい何を考えてるんだ! この方達はこのスーパーのお客様なんだぞ。お前が偉そうに話していい相手ではないんだ!」
店長の大きな声に、田口が下を向いた。
「下を向いたって何も変わらないだろ? キチンと謝りなさい」
店長の声が一転して優しくなる。すると、田口が突然椅子を倒しながら立ち上がった。
「うるさーい!! 俺は香織が好きなんだよ!! 悪いか! 誰が誰を好きになろうと勝手だろうがー! お前達にとやかく言われる筋合いはなーい!! 香織は俺の女だ! おい! 香織! こんな男といないで俺の横に来い!」
田口がそう叫びながら長テーブルをぐるりと周り、香織に近付いてくる。
田口の行動に浩司が立ち上がり、香織の盾になるように立つと田口に注意した。
「おい! 香織さんに近付くな!」
「うるさい!! お前は邪魔だ! どけー!!」
迫る田口に恐怖を覚えた香織が立ち上がり、真琴を抱いている反対側の手で浩司の服を握った。
田口が浩司の前で立ち止まると浩司を睨みつけ、ブツブツと何かを言いながら全身を震わせている。すると、いきなり思い切り振り被ったかと思うと、浩司に向かってパンチを繰り出した。
そのパンチが浩司の頬に命中。
「きゃー!」
香織の浩司の服を握る手に一段と力が入り、怖さのあまり顔を下げた。……が、浩司は微動だにしない。
「へ? 動かな、い……」
浩司の頬に拳を当てたまま呆然とする田口。
「先に手を出したのはあなたですよ。これで正当防衛成立です」
浩司が低い声でそう言うと、自分の頬に当たっている田口の拳を払い除け、両手で田口の肩に手を当て服を掴むと、自分の方へ引き寄せ膝をお腹目掛けて振り上げる。
「ぐぼっ! う〜〜」
浩司の膝が田口のお腹に突き刺さり、あまりの痛さにうずくまる田口。
浩司がうずくまった田口に合わせてしゃがむと、耳元でこう囁いた。
「おい、また香織さんの前に姿を現したら、こんなもんじゃ済まないぞ? 分かったか?」
これにはさすがの田口も震え上がり。
「ひ、ひぇ〜……は、はい! す、す、すいませんでした!!」
田口が頭を床に押し付けて謝った。
「店長さん、僕達はこのスーパーが好きなので、また買い物に来ます。なので、出来ればこの人を裏の仕事へ配置換えしてもらえませんか? 出来ないと仰るなら、ここに警察を呼ぼうと思います」
「け、け、警察は……御勘弁下さい……。田口は裏の仕事に回しますので、どうかそれだけは堪えて下さい! 先に手を出したのも田口ですし、それを除いても……何をどう考えても田口が悪いので、お客様の仰る通りにさせて頂きますので!」
香織も、あの男を裏の仕事へ回してもらえるならもういいと言っているので、浩司はここらへんで手を打つ事にした。
「それでは、間違いなくお願いしますね」
浩司の凛とした態度に平謝りの店長。
「香織さん、行こう」
「うん!」
浩司が香織の手を取り、三人はこのスーパーを後にした。
車に向かう途中で。
「私も文句を言ってやろうも思ってたけど、
「昔、フルコンタクト……って言っても知らないですよね? あの〜、実践空手ってやつをやってたんですよ。いや〜、恥ずかしいところを見せちゃいましたね……」
「恥ずかしいだなんて、そんなことないわよ。空手かぁ、それで強いんだね。格好良くて、強くて、優しいなんてズルいぞ? 私を守ってくれて嬉しかった。──
「はい! 喜んで!」
浩司は真琴を抱っこ出来る事に喜んでいる。
香織が真琴を浩司に渡すと浩司が左手で真琴を抱いた。空いた右手で真琴の頬を触っていると。
「右手は、私」
香織がそう言って、浩司の右腕を引っ張り自分の左腕を絡ませ、体を浩司の右腕に引っ付けた状態で浩司の頬を突付いた。
「わっ! か、香織さん?」
「ぎゅ〜っ。ふふっ、車まで待てないから、いいでしょ? それとも……嫌?」
香織が首を傾げ、口をつぐんだ。間近に迫る香織の顔に、浩司は思った。
──なんだよ、この小悪魔的な可愛い顔は……。女優顔負けじゃないか。それに、この腕に感じる感触が……。
浩司は、そんなことを思いながら生唾を飲み込んだ。
「い、嫌な訳ないじゃないですか……。な、なんならずっとしてて欲しいくらいですよ……」
浩司は言葉を発しながらも、段々と声が小さくなっていく。
「んん? 嫌じゃないけど、な〜に? 途中から聞こえなかったわ。ねぇ、もう一度言って!」
「え〜!? か、香織さん、可愛い過ぎて……ぼ、僕の理性が崩壊しちゃいますよ! こんなのヤバいです!
「私達何もしてないわよ? 何を謝るの?」
香織にそう言われた浩司は、心の中で確認した。
──そ、そう言われると、確かに僕と香織さんは何もしてない……よな? だったら、これはオーケー……なのか?
「私達がアウトなら、勇夫と綾音ちゃんはもっとアウトじゃない?」
「そ、そうですよね?
香織が笑顔で。
「あの二人は怪しい?」
「いや、全くそう思わないです」
「ん〜、
浩司の顔に火が着いた。
「わ〜! 香織さん、僕を
笑う香織。
「ふふっ、ごめんごめん。だって、
真琴をチャイルドシートに乗せて、二人も車に乗り込む。
「帰りは僕が運転しましょうか?」
「そう? じゃあお願いしようかしら」
席を交代する二人。
「
「うん」
浩司がオートマのシフトレバーに手を掛けてDレンジに動かした時、シフトレバーを握る浩司の手の上に助手席に座っている香織が包むように手を置き口を開いた。
「さっきのは……半分遊びで、半分本気……よ?」
前を向いていた浩司が香織の方に目をやると、香織も浩司を見ていたので目と目が合う二人。
その香織の表情がさっきまでの可愛く笑っている感じとは打って変わって、妖艶な目で口を少し窄めた色気たっぷりの表情に変わっている。
そんな香織の顔を浩司が凝視した。
思えば結婚したてではあるが、同棲時代から嫌な筋トレを強要されたり、欲しかった子供をいらないと言われた事が、浩司は自分で気付かないうちにストレスになっていたようだ。
男なら誰しもが落とされるであろう香織のその美貌と、気が合う性格に、今の浩司が抗う術はなかった。
浩司は香織を見つめたまま、シフトレバーを握っていた手を裏返し、自分の手の上に置かれていた香織の手に指を絡めた。
「これって、オーケーなんですかね?」
「仲良しの男女なら……ギリギリオーケーなんじゃない?」
見つめ合う二人。
すると、浩司がゆっくりと香織と絡めていた指を離した。
「ギリギリアウトだったら、香織さんに迷惑掛けちゃいますよね。──さぁ、帰りましょう!」
浩司が前を向き車を発進させると、香織も前を向きつまらなそうな表情を浮かべて思った。
──何よ、
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