第13話「香織に好意を持つ男」


─ スーパー・イチバ ──





 ここは、浩司達が住む住宅街から車で十分程のところにある、スーパー・イチバ。


 三人は昼食を済ませた後、まずはルーターを買いに量販店へと向かった。浩司が、性能と価格のバランスを考え、質の良さそうな物を見極めて香織に薦めた。香織は浩司に全てを任せているので、二つ返事で薦められたルーターを即購入した。


 量販店での買い物を終えると、香織から「もう長いこと遊びにも行ってない」と聞いていた浩司が、「水族館に行きましょう!」と突然言い出す。その事に大喜びする香織と真琴。


 早速三人で水族館へ向かう事になった。水族館でしゃぐ香織と真琴に、浩司もテンションを上げて二人を楽しませる事に徹する。


 楽しかった水族館を出てカフェでまったりとした時間を過ごしていると、ふと時計を見た香織が、「えっ? もう五時前じゃない!」と、慌ててこのスーパー・イチバに立ち寄った次第だ。


「こんなところにスーパーがあったんですね? イ・チ・バ……。スーパーなのにイチバ? ややこしい名前だな……」


 スーパーの名前に首を傾げる浩司に、申し訳無さそうに言葉する香織。


「ごめんね、お買い物まで付き合わせちゃって……」


「そんな……僕は全然かまいませんよ。香織さんが誘ってくれたから水族館にもカフェにも行けましたし、いい休日になりました」


「またまた〜。浩司こうくんは本当に口が上手だね? そうやって綾音ちゃんを口説いたの?」


 浩司が手を左右に振った。


「口は上手くないですよ。僕は本当の事しか言えないんで……」


「ふふっ、その本当の事が嬉しいんだけどね?」


「こ〜うくん、こ〜うくん」


 真琴が浩司の名前を連呼したので、二人が真琴に目をやると同時に、香織のスマホから着信音が鳴った。


「誰かしら? ──勇夫だわ」


 浩司が、香織に言われるでもなく、香織から真琴を引き受け抱っこすると、スーパーの中を歩き出した。香織が離れていく浩司の後ろ姿を眺めながら、かかってきた電話に応答する。


「はい、もしもし」


 ─『買い物は終ったか?』


「いきなりね……。今買い物中よ」


 ─『グッドタイミングだな。今体験コースが終ったんだが、綾音ちゃんを夕食に誘ったんだ。浩司君も家にいると思うから呼んでくれないか?』


「そうなのね? 実は今、浩司こうくんと一緒に買い物してるの。勇夫が長くなりそうだったから、私が電話して呼んだのよ。そしたらね、ネットのことを教えてくれてね───」


 ─『ちょっと待て、俺は今からシャワーだ。だから、その話は今はするな。浩司君が一緒なら良かった。四人分の買い物頼むぞ』


 勇夫が言いたいことを言うと、一方的に電話を切った。


「もう! いつも自分の要件が済んだら、さっさと切るんだから……。それに、じゃなくて、よ!」


 香織がスマホに向かって怒っていると、後から話しかけられる。


「今日も来てくれたんですね? いや〜、いつも綺麗だ! あれ? お子さんはどちらに?」


 そう言って顔を近づけてくるスーパー・イチバの店員。


「ちょ、ちょっと止めて下さい。あっ! あなたいつもの……あなた可怪しいですよ? 私がここに来ると、いつも近寄ってきますよね? 我慢してたんですけど今日は言わせてもらいます。もう話し掛けないでもらえます? 迷惑なんで」


 香織にキツイ言葉を浴びせられ、一瞬真顔になった店員が。


「はっはっ、嫌よ嫌よも好きのうち……そんなに僕のことが好きなんですね……分かりました。──確かに、こんな人目に付く所では愛情表現をするにも困りますよね、うんうん。それじゃあ、どうすればいいか考えてみますよ。あまり待たせないようにするから、少しだけ待っててね……可愛い、可愛い、香織さ〜ん……」


 それを聞いた香織が、店員の棟『』付いている名札を見て強い口調で言う。


「な、なんで私の名前を知ってるの? 気持ち悪いから名前で呼ばないで! あなた、田口っていうのね? 店長さんに言いつけるわよ!」


「……」


「何黙ってるの? ストーカーみたいな事して、本当に気持ち悪いわ……。二度と私に話し掛けないで!」


「……」


 香織が田口にそう言うと、田口が刺すような目で香織を見つめ、ブツブツと何かを呟きながら店の奥へと消えて行った。香織が田口から視線を外し、気持ち悪くなった体を擦っていると浩司の声が聞こえてくる。


「香織さ〜ん! どうかしました?」


浩司こうくん! 訊いて〜」


 香織が浩司に駆け寄り田口の話を口早にすると、浩司が怒りを露にし店長を呼ぼうと言い出した。


「きゃっ、浩司こうくん格好良い。──その田口って人なんだけど、いつも話し掛けてくるから勇夫に何とかしてって言ったんだけど、笑うだけで何もしてくれないのよ? 酷いと思わない? それに比べて浩司こうくんは優しいね」


「ええっ!? そのな、酷……って、これって言っていいのかな?」


「何々? いいよ、言って言って」


 浩司が辺りを見渡した。


「おほん。──それは、勇夫さん酷いです。こういうのはキチンと対処しとかないと、香織さんが危ない目に合うかもしれないんですよ。勇夫さんは何で何も言わないのかな? 何か腹が立って来ましたよ僕」


 浩司の言葉に喜ぶ香織。


「ん〜、そうでしょ? もう浩司こうくん嬉しいことばかり言ってくれるからギュッてしたいけど、誰かに見られたら変な噂になるわよね? だからここでは我慢しなきゃね。──後で車の中で……ね」


 浩司の心拍数が上がり、顔が赤くなる。


「ふふっ、浩司こうくん可愛い」


 そう言いながら浩司を突く香織。その後、買い物を済ませるとサービスカウンターで店長を呼び、事情を説明した。


「そ、それは申し訳ありません! スーパー・イチバをご利用下さっている方に、不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ありません!! 田口にはキチンと言い聞かせておきますので、今後もスーパー・イチバを宜しくお願い致します!」


 店長の話が終わるのを待っていた浩司が言う。


「何か話を終わらせようとしてません? 取り敢えず、その田口って人を呼んでもらえますか?」


 浩司が少し大きめの声で言った言葉に、店長が察したようで。


「お、終わらせようだなんて、そんな……。わ、分かりました。あの〜、ここではなんですので、事務所の方へ来て頂いても宜しいでしょうか?」


 浩司が香織を見る。


「僕が話してくるので、香織さんは真琴ま〜くんと車で待ってて下さい」


「ん〜ん、私も一緒に行くわ。なんか、段々腹が立ってきちゃったから、もう一度言ってやりたいの」


 店長が香織の言葉に顔を少し引き攣らせると、浩司達を事務所へ案内する。店長が近くの店員に田口を呼ぶように伝え、事務所の中に入って四人で田口を待った。


 暫くすると。


「田口です。入ります」


 事務所のドアの方からノック音と声が聞こえ、田口が入ってくる。


「田口君、ここに座り込なさい」


 店長に隣に座るように促される田口。店長と田口が横並びに座り、長テーブルを二つ挟んで浩司と真琴を抱っこしている香織が座った。


「田口君、話は分かってるね?」


 店長の問い掛けに返事をしない田口。入室してからずっと香織を直視している。


「おい、何とか言いなさい」


 店長が再び声を掛けるが、田口は全く意に介さない。ここで、浩司が口を開いた。


「田口さん、今後一切香織さんに会わないと約束して下さい。恐らく、この店の会員カード情報を盗み見たんでしょうけど、あなたがやっている事は立派な犯罪行為ですよ?」


 浩司の言葉に、田口の目付きが変わった。


「お前は誰だ? 香織の何なんだよ? 何でお前のような奴が香織と一緒にいるんだ?」


 この場にいる田口以外の面々が、先程まで口を開かなかった田口の威圧的な態度に一様に驚いた。

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