第12話「強くなる想い」
寂げな表情で真琴を見つめる香織。その横顔を見て浩司は思った。
──こんなに綺麗な人でも、恋愛……じゃないか、結婚生活で悩む事ってあるんだなぁ……。落ち込んでる香織さんを見てると、こっちが辛くなる。僕が香織さんに出来る事って何かないかな?
浩司がそんなことを思っていると、香織が思い出したかのように話し出した。
「そうだ!
「それなら僕の専門分野なのでお手伝い出来ると思いますよ。ネットが繋がり難いのはストレスの元ですからね。ご飯食べ終わったら見てみますよ」
「ほんと? 勇夫は機械関係が苦手だから助かるわ!」
❑ ❑ ❑
─ 香織と真琴の部屋 ──
ご飯を食べ終わり、二階にある香織と真琴の部屋へ通された浩司は、パソコンや接続機器、スマホの設定などに一通り目を通した。
真琴は玩具が沢山ある部屋に連れてこられ、ご機嫌で遊んでいる。浩司はパソコン用として使っているデスクの椅子に座り、真琴の様子を時々横目で見て微笑みを浮かべながら、デスクの上にあるパソコンを操作し香織に声を掛けた。
「香織さん、ネットの契約書類も見せてもらっていいですか?」
「もちろん。えっと〜、確かこの辺りに置いた筈なんだけど……」
浩司の後ろに立っていた香織がそう呟きながら、浩司が座る椅子の背もたれを左手で掴み、デスクの上部に設置された棚に書類を置いた筈だと右手で探し出した。
香織と浩司の体が密着していることは、言うまでもない。
浩司が先程と似た状況に、また心の中で戦っている。
──わっ! む、胸が当たってるよ。それに香織さんって、さっきからいい匂いがするんだよな〜……。こんなに近い距離……いや、近いって、もう密着してるもんな。香織さんって、こんな事誰にでもするのかな? いやいや、香織さんはそんな人じゃないだろ。って、それは僕には関係の無い事か。僕には
「あっ、あったわ!」
香織が契約書類を見つけたことで、浩司の幸せな一時が終った。渡されたその書類に目を通した浩司が口を開く。
「香織さん、契約自体はコレでいいと思いますけど、問題はこのルーターですね。後、もう一つ言うなら、月額料金が少し高いかな?」
香織が浩司の肩に手を置いて話す。
「ルーター? 私、機械のことは分からないから、業者さんにお任せしたのよ。──料金は、確かに少し高いなぁって思ってた。ネットで見ると安いところがあるのは知ってたけど、何をどうすればいいのか……お手上げ状態なのよね」
浩司は香織の手の温もりを肩に感じて幸せになっている自分に、──俺って、さっきから中学生みたいだな……。と思い、香織に言葉を返す。
「えっと、ルーターっていうのはですね、パソコンやスマホなんかの複数の機器をインターネット回線に接続する機械のことです。簡単に言うと、ルーターを使わないと一つのインターネット回線に一つの端末しか接続できないんですよ。──少し専門的な話をしましょうか。本来インターネットに接続するためには、端末ごとにそれぞれIPアドレスというものが必要なんです。IPアドレスというのは、ネットワークに接続されている端末に割り振られた番号、いわゆる住所のようなものです。ですが、プロバイダーは一契約につきひとつのIPアドレスしか提供しないんですよね。それだと家で一つの機器にしかインターネットに接続出来ない……そこで、ルーターの登場なんです」
浩司は一旦話を止め香織の顔を覗うと、香織が眉間にシワを寄せて腕を組み頷いている。
「えっと、ルーターから家の中にある端末それぞれに自宅内だけのIPアドレス、これをプライベートIPアドレスと言うんですけど、それを複数発行して、グローバルIPアドレスと変換する役割をルーターが担っています。因みにグローバルIPアドレスっていうのは、プロバイダーと契約した際に一つ貰えるIPアドレスのことです。──インターネット側から見ると一つの家に 一つのIPアドレスが付与されているように見えるんですが、家の中では端末それぞれに個別のIPアドレスが付与されているので、複数の端末を同時にインターネットに接続できるようになる……っていうことですね」
浩司の話が終わると、香織が拍手した。
「凄〜い。機械音痴の私でもなんとなく理解出来たわ」
浩司が香織の目を見て片方の口角を上げた。その顔を、浩司の肩にまた手を置いて覗き見る香織。
「
急接近する香織の顔を、心音が外に漏れているのではないかと思う程、鼓動を荒くして凝視する浩司。
「バレました? ──僕、ネットの営業やってるんですけど、うちの回線は安いし速いが売りなので、よければネットの業者変えませんか? ルーターもレンタルは勿体ないから、量販店に行って安く買いましょう。機械が苦手で不安なら、僕が量販店に付いていきますけど?」
浩司の話を聞いて、香織の目の色が変わった。
「月額が安くなって、ネットも速くなって、何か困った事があれば
「ははっ、香織さん気が早いですね」
「だって、ここんとこ家と公園とスーパーの往復だけだったから、誰かとお出掛け出来る事が嬉しいんだもん。時間の余裕もあるし、他の所も行けたらいいなぁ。──ちょっと着替えてくるから、
真琴の面倒を見ててと言われ、浩司の目の色が変わった。
「いくらでもどうぞ。
家の中なのに、香織と浩司は手を振って別れを惜しむ。
「後でね〜」
「待ってま〜す」
❑ ❑ ❑
─ ヤッセスポーツジム ──
勇夫がこのジムに来てから六時間が経過していた。といっても、受付を済ませてからジムの使用にあたっての説明とお昼の休憩で一時間半。後は休憩や談笑を挟みながら、初心者向けのトレーニングをしていたので、勇夫と綾音にはあっという間だった。
「今日の体験コースは以上になります」
綾音がそう口にすると、勇夫が白い歯を見せながら言う。
「大満足だ! 綾音ちゃんがずっと傍に居てくれたから、楽しかったぞ!」
そう、二人はずっと一緒だった。
綾音は仕事中なので他のお客様の対応もしなければならないが、勇夫と居たいが為に他のスタッフに仕事を振っていた。
「何か、ずっと一緒だったから、離れるのが寂しいですね?」
綾音が勇夫から視線を下に外して、口角も下げた。
「ここにずっと居ても何も出来ないけどな! そうだ、今晩家で夕食でもどうだ? 浩司君は家にいるんだろ?」
勇夫の言葉に、綾音は下がっていた口角と顔を一瞬で上げると、いつもより高い声で言葉を発す。
「行きます! でも、こんなに一緒にいると、想いが強くなっちゃう……」
「はっはっはっ! それでいい。俺も同じだ! その想いは俺が受け止めてやる! 夕食の後は、俺のトレーニング部屋で……いいな?」
綾音が頬を赤らめる。
「──ええ……もちろん……」
「よし! それじゃあ香織に電話してからシャワーを浴びるとするか! 少し会社に寄って先に帰ってるぞ!」
「うん! 私は……ん〜、もう五時回ってるから、八時には帰れると思います」
勇夫が頷きロッカールームへと消えて行った。
「勇夫さん、素敵だな……。これは好意から、もう恋に変わってる? 今晩、勇夫さんのトレーニング部屋に行ったら、私、もう戻れないかも? となると、邪魔よね……。そうだ。──美香ちゃーん! 分度器みたいな形した小さなカッターどこだっけ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます