第8話「気が合う二人同士」


 勇夫が前のめりになって言った言葉に、綾音が少し引き気味に返す。


「そ、そうですけど……」


 綾音が引いているのを見て、香織が前のめりになっている勇夫の服を後から引っ張った。


「ちょっと、綾音ちゃんが引いてるでしょ!」


「ああ、悪い悪い。──実はな、俺の趣味が筋トレなんだ! といっても、家で地道に独学でやってるだけなんだが……。綾音ちゃんがジムのインストラクターだと聞いて興奮してしまったよ。はっはっはっ!」


 今度は、それを聞いた綾音が身を乗り出した。


「筋トレが趣味なんですか! うわぁ〜、なんか嬉しいなぁ。独学なんですよね? 私で良ければ色々教えましょうか?」


 綾音の言葉に勇夫の目が輝いた。


「何!? それは本当か? 願ってもない事だぞこれは! プロにご教授頂けるとは有り難い!!」


 勇夫の横で香織が溜息をつく。


「はぁ〜、こんな時くらい筋トレの話なんてしなくても……」


 香織に水を差され勇夫の目から輝きが消えた。ここで引き下がる訳にはいかない勇夫が、香織を諭しにかかる。


「何を言ってるんだお前は。綾音ちゃんは筋肉のプロなんだぞ? そして、そのプロが俺にご教授してくれると! ──おい、香織! 聞いてるか? こんなチャンス滅多にないんぞ? そう思うだろ? 思わない───」


 勇夫の話を遮るように、浩司が口を挟んだ。


「勇夫さん、家にトレーニング器具とかあるんですか?」


 勇夫が少し怪訝な顔をする。


「ん? なんだいきなり、話の途中なんだがな……」


「あっ、すいません。いや、良い事思い付いたんで……」


 勇夫の顔に入った力が抜けていく。


「良い事? 良い事を言ってくれるなら、質問に答えてやろうか。トレーニング器具なら部屋に何台かあるぞ!」


 浩司は、勇夫の表情が緩んだ事に胸を撫で下ろし、自分が考えた案を口にする。


綾音あやねんが勇夫さんが持ってる器具を見て、直接指導してあげたらいいんじゃん」


 勇夫の目に輝きが戻り、その目を見逃さなかった綾音が言葉する。


「そうね! それだと家でも出来るもんね。──勇夫さん、どうします? 私はいいですけど?」


 綾音が香織に何度も目をやりがらそう言った。香織が勇夫と綾音を交互に見ると、自分が折れるしかない状況だと認識する。


「はぁ……ほんとごめんね綾音ちゃん。筋肉筋肉ってうるさいけど、面倒見てやってくれる?」


 香織が態度を変えた事を喜ぶ勇夫。


「香織も分かってくれたか! 綾音ちゃん、俺からも頼む! 俺の面倒を見てくれ!!」


 そう言ってマッチョポーズをとりながら、白い歯を見せて笑顔を作る勇夫。そんな勇夫の言い方に、香織が突っ込んだ。


「ちょっと! 言い方が可怪しいでしょ!」


 浩司と綾音が爆笑している。


「話は決まった! よし、善は急げだ。付いて来てくれ!」


 勇夫が席を立つと、綾音が満面の笑みで立ち上がり「はい!」と返事をした。


 勇夫が意気揚々と家の中に入って行くと、小走りの綾音が続いた。


「あ〜あ、浩司君ごめんね。折角歓迎会やろうって言ってたのに……。勇夫っていつもああなのよ……」


 浩司は香織の話を聞いてるのかいないのか、香織が抱っこしている真琴を、子供が玩具を見る時の目で凝視しながら思っていた。



 ──やっと話が纏まった。いや〜、香織さんが筋肉の話を嫌そうにするし、勇夫さんは僕に怪訝な顔をするしで焦ったけど、上手く行ったな。これで真琴ま〜くんと遊べるぞぉ〜。



「お〜い、浩司く〜ん」


 香織の呼び掛けに驚く浩司。


「はっ! はい、何でしょう?」


「浩司君さっき子供が好きって言ってたけど、もしかして……相当好き?」


 浩司が首を大きく縦に振った。


「はい!」


「ふふっ、いいなぁ〜綾音ちゃん」


「えっ? 何でですか?」


 香織が浩司の顔を虚ろな目で見つめ、話し出した。


「あのね、勇夫ってあまり子供が好きじゃないのよ……。あっ、こんな事言ったのバレたら怒られちゃうから、内緒よ? な・い・しょ。知り合ったばかりの人に何言ってんだー、ってね」


「僕、口堅いんで大丈夫ですよ!」


 そう口にし、張った胸を叩く浩司。


「ふふっ、そう言ってもらえると安心。ありがと」


 少しの間の後に、浩司が口を開いた。


「そんな秘密を言ってくれた香織さんに、僕の秘密も言っちゃおうかな?」


「きゃっ、何々? なんかドキドキしちゃうね」


 今度は、浩司が香織の顔を真剣に見つめて話し出した。


「実は……綾音あやねんがジムのインストラクターをやってるせいで、僕に筋トレを強要してくるんですよね。そのせいで、こんなに筋肉ついちゃって……。僕的には普通でいいんですけど……」


 浩司が長い袖の部分をたくし上げ、引き締まった腕を香織に見せた。


「そうなんだぁ〜。でも、勇夫みたいにムキムキじゃないし、程よい太さで格好良いと思うけどなぁ。──実は私も勇夫の筋肉自慢が嫌なの。さすがに私に筋トレしろとは言わないけどね。『興味ない!』っていつも言ってるんだけど、『この筋肉はな───』なんて説明しだすのよね〜。──私達悩みが一緒ね。それに、子供が大好きなとこも同じ。ふふっ」


 香織が話し終えた後に、浩司に向かってウインクした。


「はい! だから、綾音と勇夫さん、香織さんと僕でお互いWIN-WINですね」


 香織が笑っている。

 浩司がビールを手にし、香織に差し出した。


「あっ、ありがと。この焼き鳥も美味しいわ。浩司君料理上手だね」


「そうですか? じゃあまた今度、違う料理ご馳走しますよ」


「ほんとに〜、やった〜! ──あっ、そうだわ。浩司君、真琴ま〜くん抱っこする?」


 浩司が嬉しそうに首を縦に振ると、香織が浩司に真琴を預けた。


「うわ〜、めちゃくちゃ可愛い……。プニプニしてる〜。はじめまちて、こうくんですよ」


「こ〜くん、こ〜くん」


「あ〜! 今、『こ〜くん』って言いましたよね?」


「言った言った〜。ふふっ、真琴ま〜くんが人に抱っこされるのって珍しいのよ。──浩司君、たまに遊びにおいでよ。真琴ま〜くんのお世話をしに。そうしてくれると、私も楽だし……。なんちゃって」


 真琴の頬の感触を楽しみながら返事をする浩司。


「え〜!? いいんですか? 僕一人で来ても勇夫さん怒らないかな?」


「そんなの気にしなくていいわよ。──勇夫は子供があまり好きじゃないんだから、浩司君が真琴ま〜くんのお世話をしてくれたら逆に喜ぶんじゃないかしら? 『じゃあ俺は綾音ちゃんに筋トレを教わってくるぞ!』なんて言いいそう」


 浩司が笑う。


「香織さん似てる〜。勇夫さんならそう言いそうですね! じゃあ連絡先の交換しましょうよ」


 そう言ってスマホを取り出しながら浩司は思った。



 ──よし! 自然に言えたぞ。香織さんから遊びにおいでって言われるとは思わなかったから、ラッキーだな。これで、連絡先をゲット出来たら、いつでも真琴ま〜くんと遊べる!



「あん、男の人に連絡先訊かれるなんて、何年ぶりかしら? なんか嬉しいなぁ〜」


 香織の声や仕草に少し鼓動が早くなる浩司。


「香織さん、相当モテそうですもんね。独身の頃は沢山の人に言い寄られたんじゃないですか?」


 香織は浩司の質問には答えず、頬杖を付き色気のある顔を作って浩司を見た。


「浩司君……私が呼んだら来てくれる?」


「香織さんが呼んでくれるなら、直ぐに行きますよ!」


 二人は気が合ったようで、会話が切れる事なく矢継ぎ早に話した。途中で見つめ合い微笑んだり……。


 二人は真琴をあやしながら、飲んで食べて話して……楽しい時間を過ごしていると二階に上がった二人のことが気になった。



「あの二人、まだ筋肉の話してるのかしら?」


「綾音はその話になると、止まらないんですよねぇ」


「──勇夫も同じ……」


 そんな話でまた盛り上がる。すると浩司が、辺りを見回しながら言った。


「ずっと気になってたんですけど、こんなとこでバーベキューやってて、ご近所さんから苦情とか来ないですか?」


「大丈夫よ。私がご近所さんにお伺いを立ててきたから。お隣さんとバーベキューしてもいいですか? ってね」


 それを聞いて浩司か驚いた。


「え〜!? そんな事までしてもらってたんですね……。ありがとうございます!」


 香織が笑顔で首を左右に振った。


「そんなにかしこまらなくていいわよ。仲良くしましょうね。──それにしても、あの二人遅いわね」


 香織がそう言って指でテーブルをコンコンと叩くと、大きな声で二階に向かって叫んだ。


「お〜い、勇夫ー! まだやってるのーー?」

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