第7話「歓迎会」



 ─ 八木家の庭 ──




 八木家の庭にセットされた屋外用のバーベキューコンロとテーブル、その他にも椅子やレジャーシートなど、バーベキューには欠かせないグッズが用意されている。


「よっし、こんなもんだろ!」


 手をはたきながら、勇夫が満足気に口角を上げる。


「後は材料だけだな!」


 大きな声でそう呟き? 玄関まで歩くと、ドアを開けて大声で叫んだ。


「おーい! 準備オッケーだぞ! 材料カモンッ!!」


「は〜い、今持って行くね〜!」


 返事を返したのは妻の香織。その声か聞こえた後に足音が響く。


「とりあえず、コレを持って行くように言われました」


 走ってきたのは綾音だった。大きなタッパーを三つ勇夫に渡す。


「おお、ありがとう! もう焼くぞって香織に伝えてといてくれ!」


 綾音は「はい!」と答え、キッチンへ戻りながら思った。



 ──イケメンで筋肉マンだなんて、超好みだわ。凄く大人の男を感じる……。話したいけど、あまりガツガツ行くと浩司こうくんが怒るかな? あ〜、浩司こうくんもあんな体だったらなぁ……。



 キッチンへと戻る綾音の後ろ姿を見つめていた勇夫が、家に入らずにドアを閉めてバーベキューコンロの方へと歩いきながら心の中で思った。



 ──綾音ちゃんか……。中々可愛いじゃないか。あの、キュッと締まったお尻に若さを感じるな! う〜ん、ナイスヒップだ! 




 ❑  ❑  ❑




 ─ 八木家キッチン ──





 最後の材料をタッパーに詰めている香織のもとへ綾音が小走りに戻ってくると、勇夫からの伝言を復唱した。


「旦那様が『もう焼くぞ!』って言ってましたよ」


 香織が綾音に返事をしようとした時、真琴の泣き声が聞こえてきた。


「うぇ〜ん」


「あっ、真琴ま〜くんが起きちゃった。ごめんだけど、ちょっと見てきてもらってもいい?」


 香織に真琴のことを頼まれた綾音が、少し口ごもりながら返事をした。


「え、あ、はい……」


 まさかここで嫌とも言えず、渋々真琴の所へ向かいながら考えている綾音。



 ──うわ〜、『はい』って言っちゃったじゃない。私、子供苦手なのよね……。どうやって話し掛けたらいいのかな?



 子供のあやし方など知る由もない綾音。とにかく声を掛けることにした。


「は〜い、どうしたのかな?」


「ううっ……ぐすっ……」


 綾音の問い掛けを無視して、仁王立ちし半べそをかいている真琴。その姿を前に綾音が完全に固まってしまった。


「う〜、ど、どうしたらいいのかな? ──は〜い、初めまして。滝野で〜す」


「う〜っ、うぇ〜ん」


「だ、駄目だ……分かんないよ」


 二歳になったばかりの真琴を前に、真琴と同じように仁王立ちになる綾音。


 そこへ、香織がやって来た。


真琴ま〜くんど〜ちたの? ん? さみしかった? ごめんねぇ」


 香織がそう言って真琴を抱き上げると、真琴の機嫌が良くなった。


「凄〜い。私が話し掛けても、何にも反応してくれなかったのに……」


「私も初めは何で泣いてるのか分からなかったわよ。毎日一緒にいると慣れてくるのよね。それに真琴ま〜くんは人見知りだから、そんなに深く考えなくても大丈夫よ。──さ、用意も出来たし、真琴ま〜くんも起きたし、外に行きましょうか。パパが待ってるよ〜。滝野さん、キッチンに置いてるタッパー持って来てくれる?」


「あ、はい」


 香織が真琴と先に玄関の方へと歩き、綾音はキッチンで重ねられたタッパーを手に取ると、香織を追いかけながら思った。



 ──香織さん、「深く考えなくても大丈夫」とか言ってたけど、私が子供はほしいけど不安だって思ったのかな? 子供は好きじゃないから、そんなの教えてくれなくていいのに……。



 笑顔を崩さないように、そんな事を考えでいた綾音。


 三人が外へ出ると、勇夫がバーベキューコンロに炭を入れてお肉を焼いていた。


 ジュー……


「おっ! やっと来たか。もう焼けてるぞ、 早く座れ!」


「きゃ〜、美味しそう!」


 綾音が胸の前で手を組みながらそう言葉にすると、今にもよだれが垂れそうな口元に力を入れて唾を飲み込んだ。


真琴ま〜くん見て見て、美味しそうでだねぇ」


「じゅ〜、じゅ〜」


「きゃ〜、真琴ま〜くん上手上手!」


 香織が真琴を褒めているのを横目に、勇夫が綾音に話し掛けた。


「彼はまだか?」


 勇夫の言葉に、綾音が時計を確認していると。


「わ〜、もう始まってます〜?」


 両手に荷物を持った浩司が、大きな声を上げて走って来た。


「おっ! 来たな。香織、飲み物頼む」


 真琴を抱っこしている香織が、バーベキューコンロの側にあるテーブルに片手でコップを並べだすと。


「あっ、私やります!」


 綾音が気を利かせて、香織が持とうとしたコップを取り飲み物を注いだ。


「あっ、ごめんね。お客さんなのに……」


 綾音が首を横に振る。そこへ浩司が、両手に持っていた物をテーブルに置いた。


「すいません、遅くなりました。あの〜、コレも食べませんか?」


 そう言って、袋の中からさっき焼いていた焼き鳥の入ったタッパーを取り出しテーブルに置いた。


「え〜、美味しそう〜。もしかしてそれを焼いてたから遅くなったの?」


 香織が浩司を見ながら問い掛けた。浩司は香織の問いに、頭を掻きながら答える。


「ええ、まあ……」


「二人共気が利くなあ! さあ、それじゃあ乾杯しよう!」


「あっ、勇夫さんお酒……大丈夫なんですか?」


 昨日、勇夫にビールを勧めて断られたので、浩司が心配して尋ねた。その言葉に、綾音が開けた口に手を当てている。


「あっ、そうだった! 勇夫さんのコップにもビールを注いじゃったわ……」


 昨日のビールの一件を勇夫から聞いていた香織が。


「あん、いいのいいの。筋肉のことは放っておきましょ。今日は貴方達の歓迎会なんだから」


「はっはっはっ、そういうことだ! よっし、皆コップを持ってくれ。──君達みたいな良い人が隣に越してきてくれて良かった! これから宜しくな! カンパ〜イ!!」


「「「カンパ〜イ」」」


「ぱ〜い」


「お〜、真琴まこと君可愛い〜!」


 浩司が真琴の名前を呼んだ事に、香織が驚いた。


真琴ま〜くんの名前、覚えてたんだ〜」


 浩司が何故かドヤ顔で言う。


「当然じゃないですか! 僕、子供好きなんで。真琴ま〜くんって呼んでるんですね? 僕もそう呼ぼうっと」


 浩司がそう言った後に、ハッとして綾音に目をやった。


 そんな浩司を見て綾音は思った。



 ──浩司こうくんは本当に子供が好きなのね。私の前で子供の話をした事を気にしてるみたいだけど、私は何とも思わないのに……。気を遣わないでってサインを送ってあげなきゃ。



 綾音は目が合った浩司に、笑顔で軽く首を横に振った。


「はっはっはっ、嬉しいね! 俺達、なんだか仲良くやっていけそうだな! ──そうだ、折角お近付きになれたんだから、みんな名前で呼び合おう」


 勇夫の突然の提案に。


「「「賛成!」」」


 みんなが声を揃えた。


「それじゃあもう一度自己紹介だな。俺は勇夫いさおだ! 仕事は不動産屋の社長をやってる。──嫌々、そんなに引かないでくれ。社長と言っても、小さな会社なんだ。だから、ざっくばらんに話してくれればいい!」


「じゃあ私ね。──私は香織かおり、専業主婦です。いっぱい喋ろうね」


 浩司と綾音が顔を見合い、浩司が頷いた。


「えっと、僕は浩司こうじです。ネット関係の仕事をしてます。宜しくお願いします」


「じゃあ最後は私ね。──私は綾音あやねといいます。スポーツジムのインストラクターをしてます。宜しくお願いします」


 綾音の自己紹介が終わると、勇夫が急に前のめりになって叫ぶ。


「なんだって! ジムのインストラクターだと!!」


 勇夫の行動に、綾音は驚きのあまり目を見開いて体を後ろに引いた。

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