第6話「歓迎会の誘い」


 この日は、引っ越しが終わってから初めての週末。浩司と綾音は仕事も終わり、帰宅して家でくつろいでいた。


浩司こうくん、明日の土曜日と明後日の日曜日でダンボールの片付けを終わらせちゃおうね」


「了解。ダラダラするのも嫌だもんな。──それじゃあ家に持ち帰った仕事は、今日中に終わらせるか」


 綾音が頷きながら立ち上がった。


「じゃあ、お風呂に入ってお腹を満たしてから仕事を頑張りましょ〜」


「お〜!」


 浩司と綾音は、新居にそれぞれの仕事部屋を作っており、毎日小一時間程それぞれの部屋に籠もって仕事をしていた。


 風呂で疲れを癒し、晩御飯も食べ終わると、早く仕事に取り掛かる為に、二人で協力して後片付けをしていた。


 時間は夜の九時二十分。


 すると、インターホンの音がリビングに響く。


 ピンポーン♪


「誰かしら? こんな時間に」


 茶碗を洗っていた綾音が手を止め顔を上げると。


「僕が出るよ」


 浩司がお皿を食器棚に戻しながらそう声を出した。


 綾音が浩司に「ごめんね」と声を掛けると、浩司が綾音に手のひらを向けて「いいよ」の合図サインを送りながら、リビングの壁に設置されているインターホンへ向かった。


 インターホンの画面に映っていたのは、お隣の八木勇夫やぎいさおさんだ。


「はい」


『よう、お隣さん! 今、忙しいか?』


「いえ大丈夫ですよ。直ぐに開けます」


 浩司が綾音に、来客は隣の八木さんだと伝えると、急ぎ足で玄関へと向かう。


 ガチャ……


「こんばんは、どうしたんですか?」


 浩司が玄関のドアを開けると、目の前でマッチョポーズをとっていた勇夫と浩司の目が合った。


「おっと、早いな。──こんな時間にお邪魔してすまないな!」


「いえいえ、こんな所では何なんで、中へどうぞ」


 浩司はマッチョポーズは見なかった事にして、勇夫を家の中へ招いた。勇夫は浩司の誘いに断ることもなく、靴を脱ぎ家の中に入る。


「お邪魔するよ。──お〜、まだダンボールが山程あるな……」


「中々片付かなくて……。あっ、こっちがリビングです。──そこに座ってて下さい。あ〜、ビールでいいですか?」


 浩司のもてなしに勇夫が手のひらを突き出し、待ったの合図を掛けた。


「ビールは結構だ! お酒を飲むと筋肉が分解してしまう恐れがあるんだよ。──まず、アルコールを摂取する事によって『コルチゾール』というホルモンが分泌されるんだ。『コルチゾール』とはストレスホルモンなんだが、そのコルチゾールには血糖値をコントロールする働きがある。このコルチゾールには、エネルギー源である糖を作る働きもあって、筋肉の分解を促進させてしまう作用もあからな!」


 いきなりの説明口調に、圧倒される浩司。


「ぼ、僕には少し難しいですね……。あっ、でもビールが筋肉に良くないってことは知ってますよ。妻がよく言ってるんで」


 勇夫が驚愕の表情を浮かべた。


「何だって! 君の奥さんは筋肉に詳しいのか?」


 マッチョだからか筋肉の話に異様に食い付く勇夫に、少し引き気味に話す浩司。


「あ、はい。その〜、仕事の関係で……」


 その時、綾音が片付けを終えてリビングに顔を出す。


「八木さん、こんばんは」


 挨拶をしながらお茶を出す綾音に。


「やあ、こんばんは! こんな時間に悪いな」


 綾音が浩司の横に腰を下ろしながら口を開く。 


「いえ、何かあったんですか?」


 綾音の問いに、勇夫が咳払いをして話し始めた。


「お二人さんが揃ったから話そうか……。実は、君達が挨拶に来てくれてから妻と話してたんだけど、明日の土曜日に君たちの歓迎会をやろうかって話になってね。と言っても、家の子はまだ小さいから外に出ると大変なんだ。だから、家の庭でやろう……と言いたかったんだが。──見たところ引っ越しの片付けもまだみたいだし、また今度にしようか?」


 浩司と綾音が顔を見合わせた。


「今度なんてとんでもないですよ。折角誘ってもらったんですから、明日で大丈夫です」


 浩司がそう返事をすると、綾音も言葉を付け加える。


「生活に必要な物は全部整理が終わってるので、ダンボールの荷物はいつでもいいんです」


 二人の返事に勇夫が口角を上げる。


「オッケー! それじゃあ明日のお昼十二時にうちの庭に集合だ! 準備は俺達がするから、君達は手ぶらで来てくれ。それじゃあ帰るよ。お邪魔したな!」


 勇夫はそう言うと、足早に玄関まで行きドアを開けた。


「「お誘いありがとうございます!」」


 浩司と綾音の声に、勇夫が右手を高く上げたかと思うとゆっくりと下ろし、二人を指差して白い歯を見せた。




 ❑  ❑  ❑




 ─ 滝野家 ──



 翌日の土曜日。


 勇夫との約束の時間三十分前になると、滝野家の家の中では廊下を走ったり二階に上がったりと、足音が途絶えないでいる。


浩司こうくん! 私、お隣に手伝いに行ってくるね!」


「分かった!! 俺もこの焼き鳥が焼けたら、直ぐに行くからー!!」


 用意はすると勇夫いさおが言っていたが、そこを甘える訳にもいかず、綾音は先に手伝いに行く事にした。


 「手ぶらで来てくれ」とも言われたが、手ぶらでは流石に行き難いとなり、お酒とおつまみを浩司が後から持って行く事で話が纏まる。




 ❑  ❑  ❑




 ─ 八木家 ──





「もうちょっと早く来れば良かったかな? あ〜、なんか緊張しちゃう……」


 綾音は八木家の玄関の前に立ち、一人そわそわしながらインターホンに手を伸ばした。すると、突然玄関のドアが開き驚く綾音。


「きゃっ!」


 出てきたのは勇夫の妻、八木香織やぎかおり香織かおりが出てきたタイミングと、綾音がインターホンを押したタイミングが重なってしまった。


 ピンポーン♪


「あ、押しちゃった……すいません!!」


『はい、どちら様?』


「あわわ、た、滝野です……」


 香織にもインターホンにも対応しようと慌てる綾音を見た香織が、綾音の目の前でお腹を抱えて笑っている。


「ふふふっ、滝野さん慌てちゃって可愛い〜」


「いや……まさか奥さんが出て来られると思わなかったので、ちょっとテンパッちゃいました……」


 笑っていた香織が綾音に尋ねた。


「どうしたの? まだ少し早いわよ。家の主人、十二時って伝えなかったのかしら?」


「いえ! そう聞いてましたよ。でも、お手伝い出来ることがあればと思って早く来ちゃいました!」


 綾音がそう言いながら敬礼ポーズをとる。


「本当に感心ね。若いのに……」


「いえ、わたし達の為にして下さるのに、何もしないのはどうかと思ったので」


 香織が顎に手を当てた。


「家の庭でお肉でも焼こうと思ってるのよねぇ。ん〜、折角来てくれたんなら、もう少し切る物があるから……手伝ってもらおうかしら」


 綾音が笑顔で頷くと、香織に「入って」と言われて一緒に家の中へ入って行った。




 ❑  ❑  ❑



 ─ 滝野家 ──




 綾音が隣の家に向かった後も一人で焼き鳥を焼いていた浩司は、肉汁が流れる串を見ながら地団駄を踏んでいた。


「早く焼いて僕も行かなきゃ。それにしても凄い煙だな。あ〜、早く焼けろ早く焼けろ、もうすぐ子供と遊べるぞぉ〜……って、綾音あやねんが気を悪くしないようにしなきゃな。──まさか、結婚式の日に綾音あやねんに『子供はいらない』なんて言われると思ってなかったからなぁ……。はぁ〜、もういいとは言ったものの、残念だよな実際。でも、お隣さんに子供がいるんだったら、丁度いいかもしれない。真琴君だっけ? 真琴君といつでも遊べるように、八木さんと今日仲良くならないと! 仲良くなれば、家に遊びに行っても不自然じゃないよな? 綾音あやねんは……八木さんの旦那さんがマッチョだったから気が合うだろうし、二人で話が盛り上がる筈だ。その隙に僕は子供と遊ぶ! よし、コレで行こう!! おっと、そろそろいい頃かな……あまり焼くと焦げちゃうし。──よし、完成!」

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