第4話「出会い 前編」


 ─ 浩司と綾音の出会い ──




 浩司と綾音は高校の元同級生だが、高校生活で一度も同じクラスになったことはないし、話したこともない。だが、お互いに顔くらいは見知っていた。


 高校卒業後、たまたま二人は同じ大学に進学したが、学部が違っていた為にここでも言葉を交わすことはなかった。


 そんな二人の出会いは突然やって来る。


 大学を卒業してから半年が経過した頃。お互いが信号待ちをしていると、反対側で信号待ちをしている群衆に知った顔を見つけた。



 ──ん? あの女の子……話したことはないけど顔は知ってる。



 ──あっ、あの人……話したことはないけど顔は見たことあるわ。



 そんなことを心の中で思った二人は、信号が青に変ると歩を進めた。視線は見知った顔へ向いている。お互いに目が合ったまま、徐々に距離が縮まってくると、知った顔なので無視するのもどうかという感じになり、二人共に「ども……」と軽く会釈した。


 浩司はこの瞬間思った。



 ──目が合ってるし、このまま通り過ぎて行くのもなぁ……。暇だし、声を掛けてみようか。



 その日たまたま時間を持て余していた浩司は、横断歩道の真ん中で何気なしに綾音をランチに誘った。


「えっと……今、暇? 良かったらランチでもどう? って、こんなところで急に話した事もないヤツに誘われても迷惑……か」


 横断歩道の真ん中なので、浩司は少し早口でそう言うと。綾音が口元に手を当てて思った。



 ──ビックリした……。この人、私と同じこと考えてたんだ。もしかして気が合うのかな?



 そう思った直後に声を出す。


「私も、今誘おうかと思ってたの……」


 綾音のまさかの返事に、浩司は綾音の目を見たまま無言になり思う。



 ──まさか僕と同じことを考えてたなんて……。それより、横断歩道の真ん中でいきなりランチを誘うなんて、僕は何考えてんだろ? 咄嗟に出た言葉がそれだったけど、変な人と思われなくて良かった……。



 そんな浩司を見ている綾音も、浩司の目を直視して思った。



 ──嫌だ、なんか目が離せないわ……。



 やがて信号が点滅しだすが、二人はその事に気付かず見つめ合ったまま動かない。


 横断歩道を急いで渡ろうと走って来る人が綾音の後から肩にぶつかると、綾音が前にいた浩司の胸にぶつかった。


「きゃっ!」


「わっ! だ、大丈夫? あ〜っ! 信号が点滅してる……早く渡らないと!」


 浩司は咄嗟に右手で綾音の左手を取り、二人で横断歩道を走った。


 急に手を握られた綾音は走りながら思った。



 ──ちょっ、ちょっと……。私達って、今初めて話したのよ? いきなり大胆じゃない?



 横断歩道を渡りきったところで、浩司が綾音に目をやりながら言った。


「信号見てなかったよ……大丈夫だった? ごめんな」


 浩司にそう声を掛けられた綾音だが、下を向いたまま声も出さず顔を上げようともしない。


 綾音は下を向いたまま思案していた。



 ──もう横断歩道渡ったのに……なんで手を離さないよの……。って、私も自分から離せばいいんだけど……。



 浩司は、声を掛けても反応がない綾音を心配した。


「もしかして、ぶつかられた時に何処か痛めた?」


 綾音のことを心配した浩司が、下を向いている綾音を見ていると、右耳が赤い事に気付く。


「耳が真っ赤だ。ここに後から来た人がぶつかったんだな……可哀想に。──痛い?」


 やっぱり痛い所があったんだと綾音を心配する浩司だったが、綾音は首を左右に振って声を出した。


「違うの……耳、じゃなくて……あの……その……て、手……」


 綾音が途切れ途切れの言葉でそう話した。下を向いたまま発せられたその言葉に、浩司が首を傾げていると、綾音の頭の動きで左手の方を向いている事が分かった。


 綾音が「手」と言っていたので、綾音が見ているであろう左手を見ようと浩司が視線を下げると、自分の右手が綾音の左手を握っている状態だった。


 ここでようやく、急いで横断歩道を渡った時から手を繋ぎっぱなしだった事に気付いた浩司が。


「わー! ご、ごめん!! 信号がヤバかったから、危ないと思って手を取ったんだけど……繋いだまま離すの忘れてた……」


 慌てて手を離した浩司に、顔を上げた綾音が。


「ん〜ん、心配してくれて……ありがと」


 と、ほんのりと赤く染まった顔で笑みを作り礼を言った。


 そんな綾音の顔を見た浩司は心の中で思った。



 ──うわっ……か、可愛い。



 綾音の顔に魅了された浩司は、頭を掻きながら言った。


「そ、それじゃあ、パスタでも……食べに行こうか」


「──うん」


 浩司の言葉に顔の赤らみがまだとれない綾音が頷く。適度な距離を保ち軽く話をしながら店まで歩いていると、綾音が。


「知らない人じゃないのに、何か緊張しちゃうわ……」


 綾音にそう言われた浩司も同じ気持ちのようで。


「う、うん……そうだな。何でだろ?」


 名前さえ知らなかった二人。

 始めはそんな話し方でぎこちなかったが、お店に着くとお互いに自己紹介し、高校時代の先生の物真似で盛り上がり、ランチを楽しんでいる内に意気投合。その流れでカラオケに行くことになった。


「とりあえず一曲行っとく?」


「そうね、行っときましょう!」


 二人はカラオケで歌いながら騒いでいると、ぎこちなさは完全に消え去り、肩を組んで歌える程に仲良くなっていく。


「ヘイヘイヘーイ!!」


「きゃははっ、何よそのダンス! 面白〜い!!」


 帰る頃には、下の名前で呼び合うほど楽しい時を過ごした二人。そんな楽しい時間も終わりに近づき。


「あ〜、すっごく楽しかったわ! こんなにはしゃいだのったて久しぶりかも? 浩司こうじは?」


綾音あやねと同じで僕も久しぶりだよ。はぁ〜今日が終わらなきゃいいのになぁ〜。──まぁ、そういう訳にもいかないか。綾音あやね、また会おうよ」


「もっちろんよ。──また、連絡するね。じゃあバイバイ!」


「僕も連絡する。バイバ〜イ!!」


 楽しすぎる時はあっという間に過ぎて行き、お互いに別れを惜しみながら大手を振って別れた。


 そして家に着く直前に、その事実にやっと気付く二人。


 綾音が。



 ──あっ!? 連絡先……訊いてないんじゃない……。



 浩司も。

 


 ──んぁっ!! 僕、綾音の連絡先訊いてないよな? し、しまった〜!



 歩きながら心の中でそう思った二人が、その場で「「どうしよ〜!」」と大きな声を出して固まってしまう。


 二人は急いで家に帰り、高校の卒業アルバムや文集などを引っ張り出しては、片っ端から相手の情報を集めようとしたが、名前はあっても住所や電話番号などは何処にも記載されていなかった……。


 この状況に綾音が。


「あ〜ん、駄目……。ど、どこにも載ってないわ……。何、このやっちゃった感は……。私、何やってるんだろ……。浩司こうじに帰りましたの連絡したかったのに!!」


 そして、浩司も。


「くそっ! 俺は何をやってるんだ? 仕事で大失敗した時より、落ち込んでるんだけど……。これは、奇跡的に会える事を祈るしか会う方法がない? 連絡先の交換なんて先にやっとくもんだろ……ああ〜、スマホで繋がりたい!!」


 二人は示し合わせたかのように、同時に叫ぶ。


「「あー、綾音(浩司)と、話がした〜い!」」

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